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貴乃花はかつて大活躍した横綱。貴乃花騒動や関連する日本相撲協会の闇に迫ります。

 

もくじ

1分でわかる貴乃花

1分でわかる貴乃花

  • 貴乃花は兄の若乃花や曙とともに活躍した平成の大横綱
  • 現役引退後も若くして日本相撲協会理事に就任し、相撲協会の改革に尽力
  • 日馬富士の暴行事件などで協会との確執があらわになり、日本相撲協会を退職

貴乃花の経歴

(画像:Unsplash

貴乃花は、兄の若乃花とともに、「若貴フィーバー」といわれる平成初期の一大相撲ブームを巻き起こし、相撲界に新しい風を吹き込みました。 相撲の成績だけでなく私生活でも何かと注目を集めた貴乃花です。まずは貴乃花の経歴について紹介しましょう。

 

若くして相撲界入りする

貴乃花こと花田光司は、元大関貴ノ花の花田満、元女優の藤田憲子さんの次男として1972年に生まれます。相撲一家で育ち、小学校の頃からわんぱく相撲で優勝したりするなどして実力を示していました。 16歳のとき、兄の勝とともに藤島部屋に入門して、若くして相撲界入りを果たします。貴乃花は、当初は貴花田というしこ名で相撲界でデビューします。 貴乃花は実力もルックスも兼ね備え、人気を博しました。兄弟で若貴兄弟と呼ばれ、同期にはハワイ出身の力士曙もおり、各界が世間の注目を集めていました。

横綱まで上り詰めるものの怪我により成績不振となる

貴乃花は1988年の初土俵から1年と半年で十両に、その半年後に幕内に昇進するなど、スピード出世を果たします。1991年には横綱千代の富士から金星を挙げ、千代の富士に引導を渡したのは有名です。 20歳で大関、22歳で横綱と瞬く間に階段を上り詰めます。まさに貴乃花の時代を予感させましたが、横綱昇進後は怪我に苦しみます。 2003年に引退するまで、幕内優勝回数は22を数えます。若乃花との兄弟横綱対決や、武蔵丸を破り小泉首相から優勝杯の授与を受けた優勝戦など記憶にも残る横綱でした。

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