\ 琉球風水志 シウマの占いページはこちら /

テネリフェ空港ジャンボ機衝突事故は悲惨な航空機事故。事件の真相や原因とは?

もくじ

1分でわかるテネリフェ空港ジャンボ機衝突事故

テネリフェ空港ジャンボ機衝突事故とは

  • 滑走路で飛行機2機が衝突
  • 乗客乗員のほとんどが死亡
  • 世界中の航空会社でも墜落事故が起こっている

「テネリフェ空港ジャンボ機衝突事故」とは、2機の航空機が同じ時に滑走路に侵入してしまい爆発・炎上した悲惨な事故です。 霧のために視界が悪かったこと、コミュニケーションがうまくいかなかったことなど原因は多々ありますが、この事故で乗客乗員あわせて500人以上が亡くなっています。また、日本やマレーシアなどでも類似した悲惨な航空機事故が発生しています。

テネリフェ空港ジャンボ機衝突事故の起きた経緯と原因

事故を起こした2機の航空機は近くの別の空港へ着陸する予定でした。しかし虚偽のテロ騒動による空港閉鎖で近くにあったテネリフェ空港へ退避していました。 この小さな空港から離陸時に2機の航空機は衝突事故を起こすことになるのですが、衝突までの経緯や原因などを順番に見ていきましょう。

グラン・カナリア空港でのテロ予告の影響で多くの航空機がテネリフェ空港に退避

グラン・カナリア空港へ着陸予定だった2機の航空機は着陸予定の空港にテロ予告があったため、ほかの多数の航空機同様近くのテネリフェ空港へと退避しました。 2機のうちの1機であるPAA1736便は燃料に余裕があったため、直ぐにはテネリフェ空港に着陸せず管制塔に旋回待機を求めました。 しかし管制塔からはテネリフェ空港へ退避するよう求められ、指示に従い着陸しました。

テネリフェ空港には事故が起きた際多くの航空機が待機し給油など行なっていた

テネリフェ空港には待避してきた多くの航空機がひしめき合っていました。2機のうちのもう1機であるKLM4805便はPAA1736便よりも早く着陸して、他の多くの航空機と同様給油をしていました。 グラン・カナリア空港におけるテロは誤報であることが判明し、空港閉鎖が解除されたため、2機の航空機はテネリフェ空港を離陸しようとしました。 PAA1736便は燃料の補給は必要なく飛び立てる状態でしたが、給油中のKLM4805便が邪魔になり離陸ができず、給油が終わるまで滑走路の近くで待機することになりました。

霧が出ており視界が悪かった

給油を終えたKLM4805便が離陸に向けて移動を行っているとき滑走路に霧が発生し、視界は通常の3分の1程度になってしまいました。 KLM4805便は離陸のため滑走路の所定の位置につき、管制官による離陸承認を待っていました。 続けてPAA1736便も離陸準備に入りました。当該空港は滑走路が一本しかなく、PAA1736便はKLM4805便がいる同じ滑走路を進み、途中の脇道に入ってKLM4805便の離陸をかわそうとしていました。

管制官のミスで飛行機が二機滑走路に侵入

2機の航空機は管制官の指示のミスによって同時に滑走路に侵入してしまいました。 PAA1736便と管制官のコミュニケーションが悪く、また管制官の指示も適切でなかったため、PAA1736便が待避しようとした脇道は管制官が予定していた位置よりKLM4805便にかなり近い位置でした。 霧で視認が難しかったため、未だPAA1736便が脇道に入っていないにもかかわらずKLM4805便は離陸しようとし、2機の航空機が同じ滑走路で向かい合っているという恐ろしい状態が生じてしまったのです。

テネリフェ空港ジャンボ機衝突事故での2機の航空機の衝突と被害

管制官と両機のコミュニケーションが不十分であったため、やがて両機は衝突してしまいます。 乗客・乗員のほとんどが死亡し、生存者はごくわずかという悲劇がどのように進行していったか、経緯や被害の状況を見ていきましょう。

PAA1736便が避けようとしたが、KLM4805便と衝突

管制官とKLM4805便のコミュニケーションが不十分だったため、KLM4805便は進行方向にPAA1736便がいるとは知らず離陸滑走を始めてしまいました。 やがてKLM4805便は正面から近づいてくるPAA1736便に気付き逃げようとしましたが、霧のためかなり近づくまで気づくことができませんでした。 滑走路が狭かったこともあり、両機は衝突を避けることもできずそのまま衝突してしまったのです。

]]>

1分でわかるテネリフェ空港ジャンボ機衝突事故

  • 滑走路で飛行機2機が衝突
  • 乗客乗員のほとんどが死亡
  • 世界中の航空会社でも墜落事故が起こっている

「テネリフェ空港ジャンボ機衝突事故」とは、2機の航空機が同じ時に滑走路に侵入してしまい爆発・炎上した悲惨な事故です。 霧のために視界が悪かったこと、コミュニケーションがうまくいかなかったことなど原因は多々ありますが、この事故で乗客乗員あわせて500人以上が亡くなっています。また、日本やマレーシアなどでも類似した悲惨な航空機事故が発生しています。

テネリフェ空港ジャンボ機衝突事故の起きた経緯と原因

事故を起こした2機の航空機は近くの別の空港へ着陸する予定でした。しかし虚偽のテロ騒動による空港閉鎖で近くにあったテネリフェ空港へ退避していました。 この小さな空港から離陸時に2機の航空機は衝突事故を起こすことになるのですが、衝突までの経緯や原因などを順番に見ていきましょう。

グラン・カナリア空港でのテロ予告の影響で多くの航空機がテネリフェ空港に退避

グラン・カナリア空港へ着陸予定だった2機の航空機は着陸予定の空港にテロ予告があったため、ほかの多数の航空機同様近くのテネリフェ空港へと退避しました。 2機のうちの1機であるPAA1736便は燃料に余裕があったため、直ぐにはテネリフェ空港に着陸せず管制塔に旋回待機を求めました。 しかし管制塔からはテネリフェ空港へ退避するよう求められ、指示に従い着陸しました。

テネリフェ空港には事故が起きた際多くの航空機が待機し給油など行なっていた

テネリフェ空港には待避してきた多くの航空機がひしめき合っていました。2機のうちのもう1機であるKLM4805便はPAA1736便よりも早く着陸して、他の多くの航空機と同様給油をしていました。 グラン・カナリア空港におけるテロは誤報であることが判明し、空港閉鎖が解除されたため、2機の航空機はテネリフェ空港を離陸しようとしました。 PAA1736便は燃料の補給は必要なく飛び立てる状態でしたが、給油中のKLM4805便が邪魔になり離陸ができず、給油が終わるまで滑走路の近くで待機することになりました。

霧が出ており視界が悪かった

給油を終えたKLM4805便が離陸に向けて移動を行っているとき滑走路に霧が発生し、視界は通常の3分の1程度になってしまいました。 KLM4805便は離陸のため滑走路の所定の位置につき、管制官による離陸承認を待っていました。 続けてPAA1736便も離陸準備に入りました。当該空港は滑走路が一本しかなく、PAA1736便はKLM4805便がいる同じ滑走路を進み、途中の脇道に入ってKLM4805便の離陸をかわそうとしていました。

管制官のミスで飛行機が二機滑走路に侵入

2機の航空機は管制官の指示のミスによって同時に滑走路に侵入してしまいました。 PAA1736便と管制官のコミュニケーションが悪く、また管制官の指示も適切でなかったため、PAA1736便が待避しようとした脇道は管制官が予定していた位置よりKLM4805便にかなり近い位置でした。 霧で視認が難しかったため、未だPAA1736便が脇道に入っていないにもかかわらずKLM4805便は離陸しようとし、2機の航空機が同じ滑走路で向かい合っているという恐ろしい状態が生じてしまったのです。

テネリフェ空港ジャンボ機衝突事故での2機の航空機の衝突と被害

管制官と両機のコミュニケーションが不十分であったため、やがて両機は衝突してしまいます。 乗客・乗員のほとんどが死亡し、生存者はごくわずかという悲劇がどのように進行していったか、経緯や被害の状況を見ていきましょう。

PAA1736便が避けようとしたが、KLM4805便と衝突

管制官とKLM4805便のコミュニケーションが不十分だったため、KLM4805便は進行方向にPAA1736便がいるとは知らず離陸滑走を始めてしまいました。 やがてKLM4805便は正面から近づいてくるPAA1736便に気付き逃げようとしましたが、霧のためかなり近づくまで気づくことができませんでした。 滑走路が狭かったこともあり、両機は衝突を避けることもできずそのまま衝突してしまったのです。

2機とも爆発、そして炎上

2機の機体は正面からぶつかったわけではありませんでした。 正面から来るKLM4805便に気付いたPAA1736便は慌ててよけようとし機種を旋回させました。KLM4805便はぶつかる前に浮上を試みましたが失敗し、結局両機は衝突してしまいます。 KLM4805便はわずかに浮き上がったために衝突地点からは離れましたがすぐに失速して墜落し爆発・炎上しました。PAA1736便はちょうど胴体部分に衝突されたためにその場で爆発し機体は炎上しました。

乗客乗員合わせて538名が死亡

この事故では衝突した機体が2機とも爆発・炎上してしまったために乗客乗員合わせ得538名もの人が亡くなっています。 航空機の衝突事故の場合は犠牲者がそれぞれの航空機の乗客に及びますので、このような事故の被害者は通常の航空機事故よりも多くなってしまうのです。 機体の爆発・炎上によって、KLM4805便では乗客・乗員合わせて248名全員が亡くなり、PAA1736便では乗客・乗員合わせて335名が亡くなりました。

生存者はごく少数だった

この航空機事故の悲惨さを物語るのは生存者の少なさです。2機あわせて538名もの死者を出したこの事故で生存し、救助されたのはわずかに61名でした。 生存者のいたPAA1736便では衝突された部分の反対側にいた乗員・乗客が助かっています。機体は炎上する前に爆発で胴体が引き裂かれていたため、機の片側は炎上に巻き込まれずに済んだためです。 しかし濃い霧が発生していたために救助隊は生存者に気付くのが遅れてしまいました。

テネリフェ空港ジャンボ機衝突事故のような事故を起こさない為の対策

航空機事故はいったん起こってしまえば多数の死傷者を出す非常に恐ろしく悲惨なものになることが多いといえます。 テネリフェ空港で起こったこの事故は管制官と両機のコミュニケーション不足が最大の要因でした。ここではこの事故を教訓にして事故後とられた対策を紹介します。

管制官とのやりとりが全世界共通で英語となった

この事故の後から管制官とのやり取りが全世界共通で英語となりました。 理由はKLM4805便が聞き間違えによって管制官の指示である離陸待機を離陸許可と錯誤してしまったためです。 また訛りの強い英語で相互が誤認することを防ぐため、標準的な管制用語が定められました。

テネリフェ島に気候の影響を受けにくい新しい空港を建設

テネリフェ島には気候の影響を受けにくい新しい空港が建設されました。 もともと事故のあった空港周辺は頻繁に霧が発生する地域でもあることから危険視されており、島の南部に新しい空港の建設が進められていました。事故は空港建設中に起きたものでした。 現在は国内線、国際線ともにほとんどがこの新空港であるテネリフェ・スール空港を利用しています。事故の起こったテネリフェ・ノルト空港はカナリア諸島内部やスペイン本土とのフライトに使用されています。

KLM4805便のKLMは遺族に対し賠償金を支払った

KLM4805便のKLMは亡くなった方の遺族に対して58,000ドルから600,000ドルの賠償金を支払いました。 事故当初オランダの航空当局は事故に関するクルーの責任を認めようとはしませんでした。しかしその後責任を認めることとなったのです。 またアムステルダムとカリフォルニア州には犠牲者の記念碑が作られています。さらにテネリフェ島には慰霊碑も作られ、事故から30年後には遺族や島の人々によって慰霊祭も開かれました。

テネリフェ空港ジャンボ機衝突事故と類似の悲惨な航空機事故

悲惨な航空機事故はここでとりあげたものだけではありません。世界中で航空機事故は後を絶たないといわざるを得ません。 それぞれの事故を受けて様々な対策を講じているはずなのに、似たような航空機事故を防ぐことができないのは何故でしょうか。ここでは「テネリフェ空港ジャンボ機衝突事故」に似た航空機事故を4つご紹介します。

日本航空123便墜落事故

「日本航空123便墜落事故」とは、日本史上最悪の航空機事故であり、単独機での死者数でいえば世界史上でも最悪といわれるほどの悲惨な航空機事故でした。 事故の原因はボーイング社の不適切な修理とされています。飛行中に後部の圧力隔壁が破損し結果的に機は操縦不能に陥りました。 航空機は迷走後群馬県の山に墜落し、乗客・乗員520名が亡くなっています。お盆の帰省と夕方の帰宅ラッシュの時間が重なったために著名人を含む多くの犠牲者が出ました。

日本航空350便墜落事故

福岡から東京に向かっていた日本航空350便が着陸の直前になって機体が前のめりになって降下し、滑走路手前の誘導灯に車輪をひっかけながら浅い海面へと墜落しました。 機体は真っ二つになりましたが、浅瀬であったことが幸いし海中へ没することなく、乗客乗員のうち24名は死亡したものの149名が生存しました。 原因は機長の精神異常です。機長は事故後の診断で妄想性精神異常を患っていると判断されました。もともと何度か機長の異常な行動がみられていたのを副操縦士が会社に報告していなかったための悲劇でした。

マレーシア航空370便墜落事故

マレーシア航空370便は定期旅客便でしたが、2014年3月8日に突如としてその消息を絶ちました。インド洋に墜落されたのではないかと推測はされましたが、機体は見つからず乗客・乗員の誰一人として発見されませんでした。 事故から1年以上がたってから航空機の残骸の一部が見つかっています。結局乗客・乗員は見つかることはなく、マレーシア航空は全員が死亡と発表しました。 ブラックボックスも見つからず、事故の原因は不明のまま捜索は打ち切られました。

チャイナエアライン事故

チャイナエアラインでは1960年代から2000年代にかけて18回もの航空機事故が起こっています。 中でも中華航空140便墜落事故は名古屋空港に着陸しようとして失速し墜落しています。日本国内で唯一中華航空のおこした航空機事故であり、乗客乗員のうち264名が死亡しています。 また、中華航空140便墜落事故のわずか4年後にはチャイナエアライン676便墜落事故が起こり、乗客乗員と近隣住民を合わせて203名の死者を出しました。事故の状況が4年前の事故と酷似していたため航空会社は大きな批判を浴びました。

まとめ

航空機事故には悲惨なものが多くみられます。墜落してしまえば助かる見込みは殆どないためです。中には不可避的な航空機事故も存在しますが、人為的ミスで引き起こされる事故も少なくありません。 一体幾らの命が失われれば、悲惨な航空機事故を根絶することができるのでしょうか。

よかったらシェアしてね!

この記事を書いた人

もくじ
閉じる