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シーメンス事件は海軍による汚職事件。山本権兵衛内閣総辞職の引き金に?

もくじ

シーメンス事件の概要

  • シーメンスと海軍の間での収賄
  • 収賄に関する機密文書をシーメンスがもみ消し
  • 山本権兵衛内閣総辞職の引き金に

大正時代に政権をゆるがした出来事として有名なものに「シーメンス事件」があります。藩閥政治の終焉につながったドイツ企業が関わる一大疑獄事件です。 世界屈指と呼ばれたロシア海軍に匹敵する海軍を作り上げ、山本権兵衛内閣を総辞職に追い込んだシーメンス事件を説明します。

シーメンスはドイツの製造会社

シーメンス社は現存するドイツ企業です。現在でも電機や精密機械・交通・情報通信・医療など様々な分野でビジネスを行っています。 シーメンス社は大正時代にはすでに老舗企業で世界規模のビジネスを行っていました。 当時は第一次世界大戦前で日本の国内産業は海外企業に匹敵する技術力を持っていませんでした。そのため日本はドイツのシーメンス社をはじめ、イギリスのヴィッカーズ社などとも取り引きがありました。中でもシーメンス社からは軍艦や電信設備、照明器具などを輸入していたそうです。

シーメンス事件の発祥はカール・リヒテルの機密文書

シーメンス事件は社員のひとりであったカール・リヒテル氏が勤務していた同社の東京支店を解雇されたことが発端です。当時シーメンス社は日本海軍に軍艦や装備品を販売していました。しかし入札によって発注先を決めていたため、他社の情報を得る必要があったのです。そこでシーメンス社は情報提供の見返りとして海軍高官に発注代金の3.5~15%を賄賂として贈っていました。 シーメンス社に解雇されたカール・リヒテル氏は海軍高官への賄賂について書かれた機密文書を盗み出します。そして同社に対し事実を公表してほしくなければ現金を渡すよう脅迫しました。この事実が明るみに出ると、企業イメージが大きく損なわれることから同社はもみ消しを図りました。

シーメンス事件は海軍による汚職

シーメンス社が海軍高官に賄賂を贈るようになった背景には、当時同社の横浜支配人を務めていた吉田収吉氏の姪が海軍艦政本部で造船中監の地位にあった鈴木周二氏の妻だったことがあげられます。その関係を通じてイギリスのリスのヴィッカース社やアームストロング社の情報を事前入手し、それよりも安い入札金額で受注していました。 シーメンス社がその見返りとして購入代金の何%かを海軍高官に賄賂として贈ったことが始まりです。後にわかることですが日本海軍は他社からも賄賂を受け取っており、イギリス人名義でロンドンの銀行に秘密口座を持っていました。

シーメンス事件の結果と影響

シーメンス社を脅迫したカール・リヒテル氏は要求を拒否されたことから、機密文書をロイター通信の特派員であったアンドルー・プーレー氏に売り渡しました。プーレー氏がそれを公表しようとしたもののシーメンス社がもみ消し工作を行い不問となります。 しかしドイツ官憲が帰国したリヒテル氏を逮捕し、有罪判決を下したことで事件が表面化します。その結果日本国内にもその影響が及びました。

山本権兵衛内閣は総辞職

シーメンス社による日本海軍高官への贈収賄のニュースが知られたのは、ベルリン発のロイター外電の中でリヒテル氏の判決文に触れたことによります。リヒテル氏が盗んだ機密文書に賄賂を贈った事実と人物の名前が記載されていたと報じたのです。 そのニュースを受け立憲同志会の島田三郎氏は第31議会衆議院予算委員会の中でシーメンス事件について追及しました。事件を調査する中で軍艦建造に絡み、海軍がイギリスのヴィッカース社からも賄賂を受け取っていたことが明るみに出ます。 首相であった山本権兵衛氏は賄賂を受け取っていなかったものの、海軍出身であると同時に薩摩藩だったことから世論を敵に回し内閣総辞職に追い込まれました。

シーメンス事件の影響

藩閥政治への批判は明治末期から高まりつつありました。当時は長州は陸軍、薩摩が海軍に影響力を持ち、軍部大臣現役武官制が導入された内閣に軍のトップが名前を連ねていました。 この軍部大臣現役武官制を廃止したのは山本権兵衛首相です。文官任命令改正により制度改革を進めていた矢先に、シーメンス事件が表面化します。ちょうど海軍の軍備費を増額すべく増税について話し合われていたため、世間の反発が大きく内閣は総辞職せざるをえなくなりました。大正デモクラシーの機運が高まったこともあり藩閥政治が衰退していったのです。

ヴィッカースからの賄賂

シーメンス事件について調べる過程でイギリスのヴィッカース社も贈収賄を行っていた事実が発覚しました。この事件の概要も少し説明します。 大正時代、三井物産がイギリスのヴィッカース社の日本代理店を務めていました。三井物産の重役であった岩原謙三氏は海軍が巡洋艦「金剛」を造船する計画を知ります。そこで岩原氏は艦政本部長と元呉鎮守府司令長官を兼任していた松本和中将にヴィッカース社から預かった賄賂を渡しました。 この事実が明るみに出たことで審議されていた予算案が不成立となり、山本内閣の総辞職につながりました。

まとめ

シーメンス事件の概要については、理解できましたか。 この事件では海軍高官3名が罪に問われ、優秀な指揮官だった山本権兵衛氏は海軍の大改革により予備役に編入されました。これが海軍の弱体化につながり、後に陸軍の力が増大したことが第二次世界大戦開戦への布石になったという考え方もあるようです。

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