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手首ラーメン事件とは?暴力団の関わる事件の詳細や事件発覚の流れなど解説。

もくじ

手首ラーメン事件とは

  • 証拠隠滅で暴力団組員の手首がラーメンに混入
  • マスコミによる報道で世間に知れ渡る
  • 全国的にラーメンの売り上げが低下、都市伝説の誕生も

世界各地で人肉を食べる事件が起こっていますが、日本で最も表劇的だったものといえば「手首ラーメン事件」でしょう。1978年に起こったこの事件の背景には、暴力団の抗争がありました。 ここでは「手首ラーメン事件」の概要について、事件内容も含めて説明します。

暴力団の抗争に起因する

「手首ラーメン事件」のそもそもの原因は、広域暴力団である住吉連合内における内部抗争にありました。 被害者である住吉連合幹部Aと同じ組織に属する幹部Bは、組長代行というポストと屋台ラーメンの縄張りを争っていました。内部抗争の過程で幹部Bが子分4名と共に、兄貴格であった幹部Aを殺害。死体の身元を隠すため遺体をバラバラにし、兵庫県と岡山県の山林に分けて埋めました。

暴力団組員の遺体が切断され、手首だけラーメンの出汁に使用された

住吉連合幹部Aの遺体は、1978年7月5日に兵庫県警・岡山県警の捜査員に発見されました。しかし、両手首だけは見つかりませんでした。 不明だった両手首の行方がわかったのは、幹部Bが自供したときでした。持ち帰った両手首の処分に困り、都内で子分たちが経営していた屋台ラーメン店で出汁として使用されたことがわかったのです。幹部Aの両手首を鍋で煮て、ラーメンスープにしていました。

手首ラーメン事件は殺害を行った暴力団組員の証言により発覚

「手首ラーメン事件」は、別の殺人容疑で逮捕されていた幹部Bを捜査員が厳しく追及したことで発覚しました。幹部Aの殺害容疑を認めさせただけでなく、不明だった両手首の行方を供述させたのです。 ここでは幹部Bが供述した「手首ラーメン事件」が起こった理由と、持ち帰った両手首の処分方法について説明します。

指紋による身元特定を恐れた

幹部Aの殺害を認めた幹部Bに対し、捜査員は見つからない両手首について説明を求めました。厳しい追及にあった幹部Bは、切断した両手首を持ち帰ったと供述します。 その理由は、「指紋から遺体の身元が判明することを恐れたから」というものでした。1978年当時はDNA鑑定という操作方法はありませんでしたが、指紋で身元を照合することはできました。指紋がわからなければ、遺体が見つかっても身元は判明できないと考えたようです。

ラーメンにした後骨を金槌で砕いて捨てた

幹部Bは切断した両手首を持ち帰ったものの、処分に困ります。そこで思いついたのが、子分たちが行っていた屋台ラーメンで出汁として使用することでした。鍋で煮込んでしまえば、両手首がなくなると考えたのです。 しかし肉は煮とけても、骨は残ります。そこで幹部Bは子分に命じて、「残った骨をハンマーで粉々に打ち砕き捨てさせた」と供述。この衝撃的な告白は、後にマスコミが報道しました。

手首ラーメンは屋台では販売されなかったと証言

「手首ラーメン事件」がマスコミ報道されると、警察に対し屋台ラーメン店の利用客からの問い合わせが殺到しました。 「手首ラーメン事件」の所轄であった赤坂警察署は、「犯人は手首で出汁をとったラーメンは提供していないと自供した」と発表します。「チャルメラを吹いておらず、客が来てもネタがないといって断った」と犯人が供述していたからです。 しかし警視庁捜査4課が「9時間も屋台ラーメン店を営業していて、ラーメンを1杯も売っていないのはおかしい」というコメントを出し物議をかもしています。

事件後ラーメンの売り上げが日本全体で減少

「手首ラーメン事件」が発覚したことで、東京都内の屋台ラーメン店は大打撃を受けました。屋台ラーメン店のチャルメラが聞こえただけで、近隣住民が窓を閉めるほどだったといわれています。 また影響は東京都内や屋台にとどまらず、ラーメンの売り上げが日本全体で減少する事態となりました。減少幅は前年売り上げの3割にものぼったとされています。 前述した警視庁捜査4課はラーメン業界に猛抗議を受け、「手首ラーメンは販売されなかった」という弁明を行いましたが状況を改善させるには至りませんでした。

一説によるとラーメンから爪が出てきたなどの証言もある

都市伝説の中に「手首ラーメン事件が発覚したのは、スープから爪が見つかったから」という説があるようです。人肉を使ったラーメンスープがおいしいと評判になり、1人の利用客がスープに爪が入っていたことで大騒ぎして足が付き犯人が逮捕されたというものです。 しかし、この説が正しいとは証明されていません。実際に犯人たちの供述では「手首ラーメンは販売していない」ことになっているからです。 この件に関する真偽は定かではなく、今後も証明されることはないでしょう。

まとめ

30年以上前に起こった「手首ラーメン事件」について説明してきました。 「手首ラーメン事件」の主犯だった幹部Bには懲役17年、4名の子分たちには懲役8~12年という判決が確定し刑に服しました。犯人たちのその後はわかっていません。こうした事件はあったことを、雑学として覚えておいてください。

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