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西口彰事件の全貌。逮捕のきっかけは少女?数ヵ月の逃走劇と謎多き動機に迫る。

もくじ

1分でわかる西口彰事件

  • 1963年に発生した連続殺人事件
  • 犯人の西口彰は身分を偽り数ヵ月逃走
  • 少女の気づきがきっかけで逮捕され死刑となる

西口彰事件の概要

1963年に起きた連続殺人事件は犯人の名前から西口彰事件と呼ばれています。大学教授や弁護士だと身分を偽り、詐欺と殺人を繰り返していました。しかし少女が西口彰だと気づいたことがきっかけとなり、逮捕に至りました。

1963年に起きた連続殺人事件

福岡県内で1963年10月、集金業務をしていた当時58歳の村田幾男さんと当時38歳の森五郎さんが殺害されているのが相次いで発見されました。2人と行動を共にしていた西口彰が全国に指名手配されましたが逃亡を続け、静岡県で旅館を営んでいた当時41歳の藤田ゆきさんと当時61歳で母親の藤田はる江さんを殺害します。 12月には東京都で弁護士をしていた当時81歳の神吉梅松さんを殺害しました。

身分を偽り逃走も少女がきっかけで逮捕

逃走中は弁護士事務所から奪ったバッジを身につけて大学教授や弁護士と偽り、偽名を使用していました。 1964年1月西口彰は熊本県で冤罪事件に関する活動をしていた古川泰龍さんのもとを訪れ、弁護士として活動に協力すると申し出ます。ところが古川泰龍さんの娘で当時11歳の古川るり子さんが指名手配犯だと気づき、警察へ通報され逮捕に至りました。

犯人・西口彰

犯人の西口彰は中学生の頃から窃盗や詐欺を繰り返していました。何度も刑務所に入っていますが、殺人を犯したのは今回の事件が初めてです。5名もの命を奪った動機については借金返済と愛人に気に入られるためだと語りました。

西口彰の生い立ち

西口彰は大阪府出身で、キリスト教カトリックの家庭で育ちました。長崎県五島列島出身の両親は旅館の経営や漁船の所有をしており、家庭は裕福だったといわれています。 大分県別府市へ家族で移り住んだ後、西口彰は旧制中学2年生の頃から詐欺や窃盗を繰り返すようになりました。20歳で結婚してからも恐喝や詐欺で数回逮捕され、刑務所で服役しています。

5名を殺害した謎多き動機

借金返済と愛人に気に入られることが5名を殺害した動機だとされています。殺害時には金品を奪っており、逃亡中も弁護士だと偽って現金を搾取していました。 結婚して3人の子どもがいましたが家族は西口彰の両親と共に大分県別府市で過ごしていて、一人暮らしをしていた福岡県には愛人が複数人いたようです。しかし借金返済と愛人に気に入られることが5名殺害の動機になるのかは謎です。

裁判の末、西口彰は死刑

1964年1月に逮捕されてから裁判がおこなわれ、1964年12月に死刑判決が出ました。控訴を棄却されて上告しましたが、自身で上告を取り下げたことで1966年8月に死刑が確定しました。死刑は逮捕から6年後の1970年12月に執行されています。

長きに渡る逃走劇と警察の捜査の限界

全国各地を移動しながら殺人や詐欺を繰り返し、逮捕されるまでに78日間を要しました。逃走劇が長きに渡った理由は自動車が急速に普及したことと、各都道府県の警察がうまく連携を取れていなかったことだとされています。 事件を受けて警察は広域重要事件特別捜査要網を策定しました。

福田和子や市橋達也など殺人犯に逃走を許すケース

殺人犯が長期間逃走したケースとしては14年11ヵ月逃走した福田和子や、2年7ヵ月逃走した市橋達也が挙げられます。福田和子は同僚のホステスを殺害、市橋達也は知人のイギリス人女性を殺害した後、整形で顔を変えながら逃走していました。 2人とも警察が逮捕直前まで追い詰めたものの、取り逃がしてしまったため逃走期間が長期に渡りました。

科学捜査の発展で犯人逮捕に繋がる可能性

西口彰事件が発生した当時は科学捜査が発展しておらず、警察は西口彰がどこにいるのかまったく把握していない状態でした。古河泰龍さんが警察へ通報した際も、通報内容について半信半疑だったといわれています。 現在は科学捜査が発展したため、同様の事件が起きたとき早期に犯人を逮捕できる可能性が高くなっています。今後より一層の科学捜査の発展が望まれます。

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