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練馬一家5人殺害事件は朝倉幸治郎が白石明さん一家を惨殺した事件。不良物件の購入を発端とした争いが原因。

もくじ

1分でわかる練馬一家5人殺害事件

  • 東京都練馬区大泉学園町で起きた殺人事件
  • 不動産の立ち退きをめぐるトラブルが原因
  • 一家5人が殺害され、遺体はバラバラに

練馬一家5人殺害事件の経緯

幼い子供までもが惨殺された一家5人殺害事件が起こってしまった経緯とは果たして何だったのでしょうか。一家全員を殺害しなければならないほど白井明さんを憎んでいた朝倉幸治郎とは一体どんな人物だったのでしょうか。

朝倉幸治郎が白井明の居住する不良物件を競売で購入

不動産鑑定士として不動産取引の業を開始したばかりの朝倉幸治郎は、練馬区の土地・家屋を競売で落札し購入しました。1億600万円の代金を支払うため、自身の資産のほとんどを担保に入れ銀行から1億4,500万円の借り入れをしました。 朝倉幸治郎はすぐにでも転売するために奔走し、2か月後ついに不動産業者と売買契約を成立させ内金1,500万円を手にしました。 引き渡しのために居住している住民を立ち退かせなければなりません。朝倉幸治郎は住民の白井明さんに対する明け渡し交渉を開始しました。

白井明に立ち退きに際し半年の猶予と賠償の義務が発生

しかしながら住民の白井明さんはなかなか明け渡しに応じてくれませんでした。 不動産取引には「住人が正当な権利なく居座っていても、立ち退いてもらうためには半年程度の猶予期間と適正な立ち退き料や代替家屋の提供が必要」という通例があります。白井明さんはそれを主張していました。 不動産取引の経験の浅い朝倉幸治郎は焦ります。期限内に明け渡しできなければ転売先に違約金として3,000万円を支払わなければなりません。業を煮やした朝倉幸治郎は裁判を起こしますが、それでも白井明さんは明け渡すことはありませんでした。

練馬一家5人殺害事件の概要

住居の明け渡しをめぐる白井明さんとのトラブルは次第に朝倉幸治郎を精神的に追い詰めていきました。破綻の窮地に追い込まれた朝倉幸治郎はついに白井明さん一家へ殺意を抱くようになりました。 一家を失踪したと見せかけるために殺害しようとした朝倉幸治郎の計画の全貌とは一体どんなものだったのでしょうか。

朝倉幸治郎は銀行から借り入れを行い土地を買収した

朝倉幸治郎は40歳にして不動産鑑定士の資格を取得しています。再起をかけて挑む不動産鑑定士としての業を成功させたいと必死でした。そこで事業拡大を目的に不動産取引業に手を広げます。 そこで最初の物件として目を付けたのが、東京地裁で競売にかけられていた東京都練馬区大泉学園町の木造2階建ての住宅物件でした。朝倉幸治郎はこの物件を1億600万円で落札しました。 落札代金を支払うために、朝倉幸治郎は自宅などの全財産を担保に銀行から1億4,500万円を借り入れました。利息だけでも毎月100万円以上支払わなければなりませんでしたが、住民への立ち退き料を支払っても1,000万円以上は稼げる算段でした。

金利の支払いやそれに伴う土地転売時の利益の減少等に焦りを抱いていた

落札した練馬区大泉学園町の土地・建物は東京都新宿区の不動産業者への転売が決まりました。朝倉幸治郎は内金として1,500万円を受け取りました。あとは明け渡し期限までに住民を立ち退かせることが出来れば取引は成立します。 しかしながら思惑どおりには進みませんでした。再三の明け渡し交渉を行いますが、住民である白井明さんは明け渡しに応じません。期限までの明け渡しが出来なければ契約不履行として3,000万円を支払わなければなりません。 期限は迫ります。毎月100万円を超える銀行への金利の支払いもあり、朝倉幸治郎は進まない明け渡しに焦りを感じていました。

白井明による契約の遅延行為があった

なかなか明け渡しに応じない白井明さんには、立ち退き料を引き上げようという思惑がありました。遅延行為によって明け渡し交渉を優位に立とうという考えを持っていました。 朝倉幸治郎は3日に一度は白井明さん宅を訪れ、明け渡し交渉を行っていましたが応じることはありません。業を煮やした朝倉幸治郎は明け渡しの裁判を起こしました。 「裁判を取り下げればすぐに明け渡す」という白井明さんの言葉を信じ朝倉幸治郎は裁判を取り下げますが、その後も白井明さんは明け渡す様子もなく誠意のない対応を続けました。

朝倉幸治郎は破綻の窮地に追い込まれた

転売先の不動産事業者に明け渡す期限は迫っています。朝倉幸治郎は自宅を含め全財産を担保に入れており、金利の負担もあり毎月の借入返済にも困窮していました。 このままだと明け渡しの期限が切れ契約不履行によって違約金3,000万円を支払わなければなりません。期限に間に合ったとしても立ち退き料が高額となれば見込んでいた収益が得られず破綻してしまいます。 窮地に追い込まれた朝倉幸治郎は、次第に白井明さんに対し殺意を抱くようになります。

朝倉幸治郎は白石一家を殺害し、明け渡しを行わせようとした

追い込まれた朝倉幸治郎はついに白井明さん一家を殺害し失踪したことにして住宅の明け渡しを実現させようと計画しました。 一家全員の原因不明の心中と見せかけるため完全犯罪を企てます。遺体を富士山の樹海に棄てるため自動車を購入しました。また悪天候も想定し遺体の一時的な隠し場所にするために1DKのマンションを月10万円で借りました。 入念な計画を行った上で1983年6月27日、ついに一家殺害計画を実行しました。

朝倉幸治郎が遺体を解体していた際に発見され逮捕となった

午後2時45分ごろ、白井明さん宅に押し入った朝倉幸治郎は妻の白井幸子さんを金づちで撲殺しました。同時に一緒にいた1歳の白井正利ちゃんと6歳の白井昌子ちゃんも撲殺しました。その後帰宅してきた次女の白井朋子ちゃんの首を絞めて絞殺しました。 白井明さんが仕事から帰宅する午後6時頃まで白井家で待機していた朝倉幸治郎は、帰宅してきた白井明さんをマサカリで殺害しました。 5人の遺体を運び出すための遺体の解体作業は明朝までかかりました。連絡のとれない家族の身を案じ、依頼を受けた隣家の住民が訪問しましたが、対応した中年の男を不審に感じた住民の通報によって朝倉幸治郎は逮捕されました。

遺体は損壊が激しかった

遺体を運び出すため、朝倉幸治郎は周到に準備を進めていました。遺体を解体して運びやすくするために電動肉挽き機や骨すき包丁・ノコギリを使用しており、遺体の損傷は非常に激しかったといわれています。 5人を殺害後、白井明さんの自宅の浴室で解体作業は行われました。白井明さんの遺体は全18個にバラバラにされ、妻の白井幸子さんの遺体は両手両足を切断された後に内臓を取り出すために腹部を大きく割かれていました。 解体作業を終えた時点で、時刻は翌朝の午前7時となっていました。

練馬一家5人殺害事件の裁判

朝倉幸治郎は殺人罪の容疑でその場で現行犯逮捕されました。一家5人を殺害しその遺体をバラバラにする狂気に満ちた殺人犯の姿は当時マスコミにも大々的に報じられました。 朝倉幸治郎は最終的に死刑に処されます。その裁判において争点になったのは犯行時の精神状態でした。精神的に追い込まれていたとはいえ、朝倉幸治郎は本当に責任能力を喪失していたのでしょうか。

朝倉幸治郎に死刑判決

逮捕の際は一時的に逃走を試みましたが、無理だと観念した朝倉幸治郎は駆け付けた警察官に犯行を自供します。 取り調べにおいて朝倉幸治郎は一切悪びれる様子も見せず、「これですっきりした」と述べていたといいます。被害者に対し申し訳ないという感情もなく、留置所ではしっかりと食事しいびきをかいて熟睡していたといわれています。 凶器や車・遺体の隠し場所としてマンションを借りていたことなど周到に準備された上での犯行であり、裁判ではその凶悪性は情状酌量の余地はないとして朝倉幸治郎に死刑判決が下されました。

2001年12月に死刑が執行された

朝倉幸治郎側の弁護人は量刑不当を理由に死刑判決を不服として控訴しました。朝倉幸治郎は事件当時心神喪失の状態で責任能力は認められないと主張しましたが、東京高等裁判所はそれを認めず控訴を棄却しました。 弁護人側は控訴棄却を不服として最高裁判所へ上告しますが棄却され、朝倉幸治郎の死刑は確定しました。 事件発生から18年が経過した2001年12月、東京拘置所内で朝倉幸治郎の死刑が執行されました。

朝倉幸治郎とはどのような男だったのか?

朝倉幸治郎は周囲に住む人からは、「夫婦の仲の良い子煩悩の父親」「いつも物静かで羽振りの良い人」という好印象を持たれていたようです。 しかしながら過去に父親の死去に伴う遺産分配をめぐるトラブルによって実弟を包丁で切り付け殺人未遂罪で懲役3年の実刑判決を受けています。朝倉幸治郎は「カッとなって刺した。」と自供しました。 普段は温厚な性格が突如として感情的で暴力的な側面を表す二面性を持った人物であると評されています。

林間学校で一人生き残った長女

殺害された白井明さん一家にはもう一人の子供がいました。当時10歳だった長女です。長女は事件当日、偶然にも通っている小学校の林間学校に参加しており難を逃れました。 家族にお土産を用意して楽しかった林間学校から帰ってきた長女に現実は残酷でした。家族でたった一人残されてしまった長女の深い悲しみは図りしれません。沢山の思い出を家族に話したかったことでしょう。 その後長女は母方の伯父に引き取られ、伯父一家の養女として迎えられました。悲しみの中で多くの励ましに支えられ強く成長した長女は、現在は母親として健やかな生活を送っていると報じられています。

朝倉幸治郎だけが元凶ではない練馬一家5人殺害事件

朝倉幸治郎が残虐非道な殺人鬼として報じられている本事件ですが、朝倉幸治郎をここまでの犯行に駆り立てた要因には何か裏の事情がなかったのでしょうか。事件の裏側をのぞいてみましょう。

和田俊夫が白石明を裏で操っていた説

本件の物件は居住する白井明さんの妻の父親である和田俊夫さんが所有する物件でした。経営する会社のために根抵当権が設定されており、所有権も何度も移転しているため普通の業者なら手を出さない不良物件でした。 経営悪化に伴い競売が申し立てられ、強制的に売却をしなければならない状態でした。和田俊夫さんは白井明さんと賃貸契約を結び、継続して住まわせることで立ち退き料を吊り上げようと画策しました。 「住人が正当な権利なく居座っていても、立ち退いてもらうためには半年程度の猶予期間と適正な立ち退き料や代替家屋の提供が必要」という不動産取引における常識をかさにしていました。

相手を逆撫でするような白石明の態度

朝倉幸治郎は何度も明け渡し交渉を図りますが、白井明さんは一向に取り合いませんでした。白井明さんも妻の白石幸子さんも何度も交渉に来る朝倉幸治郎を小馬鹿にし、あざ笑うかのような態度でした。 やくざの介入を仄めかし脅すような言動もしていました。自制していた朝倉幸治郎は不動産鑑定士としての信頼と自身の人生の破滅を危惧し、焦りが殺意へと変わっていきました。 東京地方裁判所は判決理由において、殺害が決して容認されるものではないことを前提にしながら、「被害者側の態度も被告人(朝倉幸治郎)を怒らせ緊迫した精神状態に追いやる原因となった」という事実を認めています。

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