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カネミ油症事件は食用油による食中毒事件。事件の被害や原因を徹底考察します。

もくじ

カネミ油症事件は食用の米ぬか用油による食中毒事件

(画像:Unsplash

日本で起こった食品公害の中でも最大といわれているのが、「カネミ油症事件」です。発生から50年を過ぎたにも関わらず、様々な症状に苦しんでいる人が多数いる事件でもあります。 今回はいまだ終わらないカネミ油症事件の原因や発覚までの経緯、裁判の結果とその後の対策について紹介します。

カネミ油症事件の原因

(画像:Unsplash

カネミ油症事件は1968年に長崎県と福岡県を中心に、広島県・山口県・佐賀県など西日本一帯で発生しました。福岡県北九州市にあるカネミ倉庫株式会社が製造・販売していた、米ぬか油を食べた人の健康被害が報告された事件です。 ここでは、カネミ油症事件の原因について詳しく説明します。

カネミ倉庫が製造していた米ぬか用油

カネミ油症事件の原因は、「カネミライスオイル」という名の米ぬか用油です。カネミライスオイルは当時の西日本で、天ぷらやトンカツを揚げる際に多用されていました。 カネミライスオイルの人気が高かったのは、米ぬか用油は通常のサラダ油よりコレステロールが減ると宣伝されていたからです。 またカネミライスオイルは口当たりが軽かったこともあり、直接飲んでいた人もいたそうです。

カネミ油症事件の原因物質はPCBの焼却により発生したダイオキシン

カネミ油症事件の原因物質は、カネミライスオイルを製造する際に行われる脱臭の過程で発生しました。 カネミライスオイルの脱臭には、PCBと呼ばれるポリ塩化ビフェニルを熱媒体として使用していました。PCBを加熱すると、ダイオキシンが発生します。 工場の配管作業にミスにより熱交換菅のピンホールからダイオキシンが漏れ出て、カネミライスオイルに混入したのです。これが健康被害の原因となりました。

カネミ油症事件の症状と発覚

(画像:Unsplash

カネミ油症事件を解説していく上で、カネミ倉庫でこの直前に起きていた「ダーク事件」を避けて通ることはできません。このダーク事件で徹底した原因追及、解明、そして改善を行っていれば、カネミ油症事件が起こらなかったかもしれないのです。 ここではカネミ油症事件発覚に至った経緯と、被害者に起こった様々な症状について説明します。

鳥の不審な大量死

1968年2月に西日本ではダーク事件と呼ばれる、飼育しているニワトリが20万以上死ぬという事件が起こっていました。死因は肺気腫で、罹病したニワトリも70万羽に及んでいます。 当初は伝染病が疑われましたが、家畜保健衛生所の解剖所見により中毒死であるとわかりました。その原因となった2種類の配合飼料は、共にカネミ倉庫で製造していたものだったのです。 その配合飼料には、ダーク油が使用されていました。このダーク油が原因と疑われたものの、カネミ倉庫側が否定したことで特定されないまま幕引きされました。

黒い吹き出物ができる人が続出

カネミ倉庫のダーク油事件に対する調査が進んでいた時期、長崎県と福岡県で黒い吹き出物が顔や背中にできた患者さんが続出していました。 この黒い吹き出物は塩素挫創(クロロアクネ)と呼ばれ、全身の皮膚に出現したといいます。また身体の黒変は皮膚に留まらず、爪・歯茎・眼などにも現れました。 当時は皮膚科を受診する患者さんがほとんどだったため、病院側にも集団中毒という観点がありませんでした。そのため症状の治療は行っても、原因解明には至らなかったのです。

手足の痺れなど様々な症状

時間の経過と共に患者さんの症状は黒い吹き出物だけでなく、手足の痺れを訴える人が出始めました。 さらに喀痰(かくたん)や咳嗽(がいそう)・多汗症・関節痛・頭痛・腹痛・知覚鈍麻・月経異常といった、様々な症状を訴える患者さんが増加したのです。また、肝機能障害が起こった患者さんもいたといいます。 こうした患者さん同士が交流していた際、カネミライスオイルを使用しているという共通点があることがわかったのです。その後、患者さんの1人が保健所に検査を訴えたことが原因解明につながっていきます。

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カネミ油症事件は食用の米ぬか用油による食中毒事件

日本で起こった食品公害の中でも最大といわれているのが、「カネミ油症事件」です。発生から50年を過ぎたにも関わらず、様々な症状に苦しんでいる人が多数いる事件でもあります。 今回はいまだ終わらないカネミ油症事件の原因や発覚までの経緯、裁判の結果とその後の対策について紹介します。

カネミ油症事件の原因

カネミ油症事件は1968年に長崎県と福岡県を中心に、広島県・山口県・佐賀県など西日本一帯で発生しました。福岡県北九州市にあるカネミ倉庫株式会社が製造・販売していた、米ぬか油を食べた人の健康被害が報告された事件です。 ここでは、カネミ油症事件の原因について詳しく説明します。

カネミ倉庫が製造していた米ぬか用油

カネミ油症事件の原因は、「カネミライスオイル」という名の米ぬか用油です。カネミライスオイルは当時の西日本で、天ぷらやトンカツを揚げる際に多用されていました。 カネミライスオイルの人気が高かったのは、米ぬか用油は通常のサラダ油よりコレステロールが減ると宣伝されていたからです。 またカネミライスオイルは口当たりが軽かったこともあり、直接飲んでいた人もいたそうです。

カネミ油症事件の原因物質はPCBの焼却により発生したダイオキシン

カネミ油症事件の原因物質は、カネミライスオイルを製造する際に行われる脱臭の過程で発生しました。 カネミライスオイルの脱臭には、PCBと呼ばれるポリ塩化ビフェニルを熱媒体として使用していました。PCBを加熱すると、ダイオキシンが発生します。 工場の配管作業にミスにより熱交換菅のピンホールからダイオキシンが漏れ出て、カネミライスオイルに混入したのです。これが健康被害の原因となりました。

カネミ油症事件の症状と発覚

カネミ油症事件を解説していく上で、カネミ倉庫でこの直前に起きていた「ダーク事件」を避けて通ることはできません。このダーク事件で徹底した原因追及、解明、そして改善を行っていれば、カネミ油症事件が起こらなかったかもしれないのです。 ここではカネミ油症事件発覚に至った経緯と、被害者に起こった様々な症状について説明します。

鳥の不審な大量死

1968年2月に西日本ではダーク事件と呼ばれる、飼育しているニワトリが20万以上死ぬという事件が起こっていました。死因は肺気腫で、罹病したニワトリも70万羽に及んでいます。 当初は伝染病が疑われましたが、家畜保健衛生所の解剖所見により中毒死であるとわかりました。その原因となった2種類の配合飼料は、共にカネミ倉庫で製造していたものだったのです。 その配合飼料には、ダーク油が使用されていました。このダーク油が原因と疑われたものの、カネミ倉庫側が否定したことで特定されないまま幕引きされました。

黒い吹き出物ができる人が続出

カネミ倉庫のダーク油事件に対する調査が進んでいた時期、長崎県と福岡県で黒い吹き出物が顔や背中にできた患者さんが続出していました。 この黒い吹き出物は塩素挫創(クロロアクネ)と呼ばれ、全身の皮膚に出現したといいます。また身体の黒変は皮膚に留まらず、爪・歯茎・眼などにも現れました。 当時は皮膚科を受診する患者さんがほとんどだったため、病院側にも集団中毒という観点がありませんでした。そのため症状の治療は行っても、原因解明には至らなかったのです。

手足の痺れなど様々な症状

時間の経過と共に患者さんの症状は黒い吹き出物だけでなく、手足の痺れを訴える人が出始めました。 さらに喀痰(かくたん)や咳嗽(がいそう)・多汗症・関節痛・頭痛・腹痛・知覚鈍麻・月経異常といった、様々な症状を訴える患者さんが増加したのです。また、肝機能障害が起こった患者さんもいたといいます。 こうした患者さん同士が交流していた際、カネミライスオイルを使用しているという共通点があることがわかったのです。その後、患者さんの1人が保健所に検査を訴えたことが原因解明につながっていきます。

黒い赤ちゃんが生まれる

カネミ油症事件の原因がわかった時期、カネミライスオイルを飲んでいた母親から真っ黒な赤ちゃんが生まれたことが報道されました。 カネミライスオイルに混入したPCBは親油性が高く、体内では脂肪組織に蓄積されました。脂肪組織の中でも一番PCBを蓄積したのが胎盤で、PCBが胎児に移行したのです。 カネミ油症事件の被害を受けた母親が1969年に出産した13人の赤ちゃんのうち、10人は全身が黒かったそうです。また、2人は死産でした。

カネミ油症事件の2017年度までの認定患者数は2322人

2017年度までにカネミ油症事件の認定患者とされた人の数は、2322人に上ります。 実際に被害を訴えたの人が1万4000人いたことを考えると、認定患者数は少ないといえます。この背景には、被害者の多くがすでに亡くなっていることもあるようです。 また家族全員がカネミライスオイルを口にしていても必ず発症するとは限らず、1人だけが認定されたというケースもあったそうです。

カネミ油症事件の裁判とその判決

カネミ油症事件の裁判は1970年にスタートしました。 民事訴訟では、被害者達がカネミ倉庫・PCB製造会社であったカネカ(鐘淵化学工業)・国を相手取り損害賠償を請求しました。また民事訴訟が起きた同年にカネミ倉庫の社長と工場長が、刑事告訴されています。 民事訴訟ではカネカの仮払金問題などの問題も生じました。 ここでは、カネミ油症事件の裁判と下された判決について説明します。

カネカを相手とした民事訴訟

カネミ油症事件の民事訴訟の対象となったのは、カネミライスオイルを製造したカネミ倉庫だけでなく、カネミ倉庫が使用していたPCBの製造販売を行なっていた、カネカも民事訴訟の対象となりました。 原告団がカネカを訴えた理由は、PCBの毒性を知りながら食品工業に営業し下ろした責任があるというものでした。 カネカはカネミ倉庫の使用者責任を訴えましたが、民事裁判の第一審では両者共に敗訴します。福岡地裁はとカネカに対し、損害賠償金7億円の支払いを命じました。

仮払金問題

1984年に福岡高裁が1978年の第一審判決を破棄して国の責任を認め、損害賠償金を支払うよう命じました。その後、原告団は仮払金として27億円を受け取っています。 しかし上告した最高裁で逆転敗訴する確率が高くなったことを受け、原告団は訴えを取り下げました。訴えの取り下げにより、原告団は仮払金の返済義務が生じたのです。 しかし被害者の中にはすでに仮払金を使ってしまった人も多く、返済に迫られた人たちの中には自殺者も出てしまいました。そのため、カネカは原告団に自社に責任がないことを認めてもらうことを条件に、仮払金の返還金請求権を放棄することで和解しました。

刑事裁判で工場長が実刑判決

カネミ油症事件では当時のカネミ倉庫社長と工場長が、業務上過失傷害罪で逮捕・起訴されました。1978年の第一審判決では社長は無罪、工場長は禁錮1年6カ月の実刑判決が下りました。 この判決を不服とした工場長は控訴し、第二審に臨みます。しかし1982年に福岡高裁が第一審判決を支持し、工場長の刑が確定します。その後、工場長は服役しました。

カネミ油症被害者救済法などが作られる

2012年、「カネミ油症被害者救済法」が成立しました。カネミ油症事件の認定冠者さんの中で健康実態調査に協力した人に対し、国とカネミ倉庫が生活支援金として24万円を支給するという内容です。 さらに付帯決議の中で、認定患者の診断基準の見直しや救済策がきちんと行われているかどうかを検証する関係省庁を決めるなどの措置がとられています。またカネミ倉庫と被害者双方が集まり、定期的に会議を行うことも盛り込まれました。

まとめ

日本最大にして現代でも終わることがない食品公害事件である、カネミ油症事件について説明してきましたが、理解できましたか。 ダイオキシンによる健康被害の恐ろしさを知るうえでも、記憶に留めておいてほしい事件の一つです。2010年にカネミ油症事件をテーマにした「食卓の肖像」という映画も製作されています。機会があれば見てみてください。

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