\ 琉球風水志 シウマの占いページはこちら /

女子高生コンクリート詰め殺人事件は残虐な監禁暴行事件。犯人の少年達や裁判、実名報道の真相は?

もくじ

1分でわかる女子高生コンクリート詰め殺人事件

  • 少年4名が女子高生を誘拐監禁し、強姦等の暴行後殺害
  • 少年たちに実刑判決が下るも、多くが出所後再犯
  • 少年事件であるが実名報道がなされた

女子高生コンクリート詰め殺人事件とは1人の女子高生の拉致監禁および暴行し、強姦し続けた事件です。犯人の少年たちは殺害した女子高生の遺体をコンクリート詰めにして東京湾埋立地に遺棄しました。 べつの強姦事件によって犯人の少年のうち2人が逮捕されたことがきっかけで、事件が発覚しました。 犯人たちが10代であったこと、また自宅に少女を40日間も監禁してにもかかわらず誰も少女の状況に気づかなかったことが世間に衝撃を与えました。

女子高生コンクリート詰め殺人事件の経緯

埼玉県の路上で1人の女子高生がアルバイトの帰りに誘拐され、その後長40日という期間にわたり監禁されました。彼女が発見されたときドラム缶の中にコンクリート詰めにされ、遺体はかなり腐敗していました。 少女がいなくなってから発見されるまでの間に何が起こったというのでしょうか。ここでは少女が誘拐されてから遺体が発見されるまでの経緯を詳しく見ていきます。

少年4名が女子高生を誘拐し強姦

事件当日、アルバイトからの帰路で自転車に乗っていた少女は1人の少年に自転車を蹴り飛ばされました。そして後に現れた別の少年に言葉巧みに誘導され、タクシーでホテルへ連れ込み強姦されてしまいます。 加害者である少年たちは、もともとひったくりや女性を狙っての強姦をするつもりで埼玉県をバイクで徘徊していました。 少年たちはたまたま目の前を通った少女に狙いを定め、1人が自転車を蹴り倒すなどの乱暴をした後に、もう1人が親切を装って近づくという作戦でした。

その後女子高生を監禁をした

女子高生を攫った少年たちは少女を開放することなく、そのまま拉致し監禁することに決めました。 ホテルから仲間に連絡した犯人たちは少女を連れて1人の少年の家に連れ込みました。その後40日という長期間にわたり、家族や近所にも気づかれることなく監禁し続けました。 少女は当初「やくざに狙われているからかくまってやる」と嘘をつかれ、そして連れ込まれた後は常に監視下に置かれたために逃げられなかったとのことです。

強姦・暴行を加え続けた

少年たちは1か月以上にわたって拘束しつづけた少女に、容赦ない暴力と陰惨な凌辱・強姦行為を自宅で繰り返していました。 顔が腫れる間で殴り続けることが通常となり、陰部に異物を挿入するなど恐ろしい行為を毎日のように繰り返しました。そして、逃走を図った少女をやくざのような口調で脅し、さらなる恐怖心を与えていました。 少女が耐えきれず警察への通報を図ったことで暴力と凌辱はよりエスカレートし、やがて少女は「殺してほしい」と自ら言うようになったほどです。

女子高生が死亡したためドラム缶の中に入れコンクリート詰にし遺棄した

少女はその日2時間におよぶ暴行により衰弱し、ついに息絶えてしまいます。犯人たちは事件の発覚を恐れました。少女の遺体をカバンに入れ、さらにそのカバンをドラム缶の中に詰めてコンクリートを上から流し込み、ブロックやレンガを入れて固定しました。 そしてコンクリート詰めにしたドラム缶に黒いごみ袋をかぶせ、ガムテープで密閉するほど入念に遺体を隠しました。その後ドラム缶は東京湾の埋め立て地へと遺棄しました。 当時埋立地には不法投棄も多く、ドラム缶が1つ増えたところで誰も気づくことはありませんでした。

女子高生コンクリート詰め殺人事件の犯人逮捕・裁判

女子高生コンクリート詰め事件の犯人グループが逮捕されたのは別の事件がきっかけでした。犯人の少年たちは他にも犯罪を犯していたためです。いくつもの罪を犯していた少年たちの裁判と判決は納得のいくものだったのでしょうか。 犯人の逮捕から地裁での一審、控訴審や上告の内容と実刑判決が下されるまでを順に解説していきましょう。

犯人の逮捕

加害者である少年のうち2人が別の婦女暴行などの容疑で取り調べられているときに少女の拉致監禁の件も供述しました。そしてその供述通り少女の遺体が発見され、事件が発覚しました。 少女の遺体は見ただけでは家族でさえ身元が判別できないほどに腐敗が進んでおり、指紋や持ち物により身元を特定しました。 遺体が入ったドラム缶はとても少年2人で持ち運べるようなものではなかったため、警察はさらに捜査したうえで残りの少年たちも逮捕しました。

東京地方裁判所での第一審

東京地方裁判所での第一審判決では、主犯格の少年には懲役17年が、残り3人の少年にはそれぞれ懲役3年〜10年などの不定期刑がいい渡されました。主犯格には無期懲役が求刑されていたのにもかかわらず、あまりにも軽い刑であると判断され、すぐに控訴されることになりました。 また、犯人のうち3人は別件の婦女暴行などの件でも起訴されており、この件と合わせて有罪判決を受けています。 裁判での争点となった少のは女への殺意です。殺害当日の暴行が2時間にも及んだことから「暴行を続ければ少女が死亡することは明らかで、犯人たちもわかっていた」とみなされました。

東京高等裁判所での控訴審

東京高等裁判所での控訴審では、主犯格の少年は懲役20年、また残りの2人も5年〜9年以下の懲役が決まるなど一審よりも重い判決を受けました。犯人のうち5〜10年の実刑判決を受けていた少年のみ刑が妥当とされ、控訴が棄却されました。 控訴に至ったのは、東京地検が犯人である少年らに対する量刑不当を主張し控訴したためです。人を残酷に殺害しておきながら、たとえ未成年であったとしても、主犯格でさえたった17年の懲役はあまりにも短いと言えます。 また、少年らのうち2人も量刑不当を訴え、検察側に対抗するように控訴を申し出ました。その結果の第二審では、量刑加重となりました。

最高裁判所での上告審

最高裁に上告したのは加害者少年のうち最も量刑の軽かった少年だけでしたが、最高裁はその訴えを棄却しました。控訴審の判決を支持したためです。 少年のうち1人は量刑不当と事実誤認を訴え上告をしましたが、残りの3人は期限までの上告をすることはありませんでした。 また、東京高検も上告期限までの最高裁への上告することはなく断念しました。そのため上告をしなかった少年ら3人はそれぞれ控訴審の判決が確定しました。

実刑判決が下される

当時未成年だった少年たちには結果的に主犯格の少年には懲役20年、そのほかの少年たちにもそれぞれ懲役の実刑判決が下されました。 少女に対しての長期にわたる監禁に容赦ない暴行や凌辱などが加味され、少年たちの責任は極めて重いと判断されたためです。控訴審でも懲役を減じられることはありませんでした。 裁判所の見解としては同情すべき点が認められない、責任を大幅に減じることが相当とは言えないとの判断でした。

女子高生コンクリート詰め殺人事件の報道問題

女子高生コンクリート詰め殺人事件では加害者が全て未成年であったことから少年法により実名報道がなされませんでした。 しかしかなりの凶悪な犯罪であることから、実名報道でないことに対する国民の怒りや被害者家族の怒りが溢れ週刊文春によって実名報道がなされました。 一方で被害者の女子高生は事件後の報道で女子高生についても非難する内容の報道もあり、セカンドレイプ的側面がありました。 現在のセカンドレイプの事例に通ずる部分があり、女子高生コンクリート詰め殺人事件から学ぶべき点は様々あります。

女子高生コンクリート詰め殺人事件の犯人の4人中3人が再犯

凄惨な事件を起こした少年たちは、逮捕後にそれぞれ数年から十数年の実刑判決を受けました。 実は4人いた犯人のうちの3人が出所後に再び罪を犯しています。もっとも刑の軽かった少年は、出所後に自宅に引きこもるようになり、犯罪から手を引いたようです。 養子縁組で名前を変えた少年もいましたが、職場に前科が知られてから人間関係に行き詰まり退職してしまいました。その後暴力団の構成員となり事件を起こした結果、懲役4年の実刑判決を受けました。 主犯格の少年は出所後詐欺グループに加担した後消息不明になっています。残りの1人は殺人未遂事件を起こし逮捕されています。

まとめ

あまりにも凄惨で残忍なこの事件を起こしたのは、未成年たちでした。監禁に大人たちが気づかなかったことも含め、世間を大きく驚かせました。 この事件では被害者の実名、不当な言いがかりのような記事が報道されることもありました。被害者遺族のプライバシーは侵害されていたにもかかわらず、加害者の実名報道はありませんでした。事件の残酷さだけでなく、メディアの報道のあり方も問題になった事件です。

よかったらシェアしてね!

この記事を書いた人

もくじ
閉じる