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ホテルニュージャパン火災で死者33名。横井英樹やホテルの不手際が火災や被害拡大の原因か?

もくじ

1分でわかるホテルニュージャパン火災

  • スプリンクラー設備を設置していなかった
  • 社長・横井英樹の言葉で社会に衝撃を与えた
  • 従業員の対応はどうだったのか

多くの死者を出したのが「ホテルニュージャパン火災」です。国会議事堂・赤坂の繁華街、六本木、表参道に繋がる赤坂通りなどに近い永田町に建っていた高級ホテルの9階と10階が火災現場です。 火災を大きくしてしまった原因がホテルのずさんな管理体制であったことから社会に衝撃を与えた火災でした。

ホテルニュージャパンとは

多くの死者を出したのが「ホテルニュージャパン火災」です。国会議事堂・赤坂の繁華街、六本木、表参道に繋がる赤坂通りなどに近い永田町に建っていた高級ホテルの9階と10階が火災現場です。 ホテルニュージャパンは高級ホテルでありながらスプリンクラーが未設置でした。また火災報知機・煙感知器、館内放送設備などが機能しませんでした。 火災の延焼を拡大させた原因、火災時に従業員がとった行動、社長が指示したことなどホテルニュージャパンの概要に迫ります。

元々高級マンションとして建設

地上10階・地下2階のホテルニュージャパンは1960年に開業しました。4年後の1964年に行われる東京五輪での宿泊者の需要拡大を見込んで建築されました。 ホテルニュージャパンが建っている近くには国会議事堂をはじめ、銀座・六本木・青山・表参道など政治家や芸能人などが訪れる高級な場所でした。 元々は富裕層が入居する高級マンションとして建設が進められていましたが、宿泊施設の需要拡大によりホテルに変更されました。

日本の経済成長に合わせホテルに転用

1955年から始まった日本の経済成長により国際的に使える会議室、広々としたロビー、レストラン、クラブや多くの人が楽しめる大きなホールなどを備えたホテルの必要性が増してきていました。 当時はそのような規模のホテルは東京の帝国ホテルと横浜のホテルニューグランドしかありませんでした。 そのような中、東京の一等地に高級マンションを建設する予定だったがホテルの建設へと変更されたのです。

レストランなど様々な施設を兼ね備えていた

ホテルニュージャパンは宿泊施設以外にレストラン・料亭・オープンカフェ、ショッピングアーケード、ナイトクラブなどの施設を備えていました。 宿泊施設と高級な日本の料理が楽しめる料亭を備えていることからホテルニュージャパンのことを「リョーテル」と呼ぶ人もいました。 また、西洋の文化を取り入れたデザインのレストランなど日本風と西洋風を融合したようなホテルの造りでした。外観も今までにないY字型でした。

ホテルニュージャパン火災の概要

ホテルニュージャパン火災ではなぜ、火災報知機や煙感知器、館内放送設備が機能しなかったのでしょうか。 また、火災の出火の原因はなんだったのか、火が一気に燃え広がった理由、どんな人たちが宿泊していて何名ぐらいが犠牲になったのかなどの真実を明らかにしていきます。

宿泊客の多くは外国人であった

当時ホテルには442名が宿泊していました。火災の現場となった9階と10階には103名が宿泊していました。 103名のうち61名が台湾や韓国から札幌市の大通公園などで行われていた雪で作られた彫刻を楽しむ「さっぽろ雪まつりツアー」の宿泊者でした。

イギリス人宿泊客の寝タバコが出火の原因

ホテルニュージャパン火災の出火原因はイギリス人男性の寝煙草でした。9階に宿泊していたイギリス人は泥酔状態でした。 男性は寝煙草による小火(ぼや)に気が付いて一応の消火行動をしていました。男性は火が消えたと判断して再び寝込んでしまっていました。 部屋から煙が出ていることに気がついたのが、2月8日午前3時24分ごろに9階にある仮眠室に向かっていたフロント係でした。火は完全には消えてはいなかったのです。

火災はあっという間に延焼しホテルの9,10階が焼けた

フロント係はフロントに火災を知らせた後、煙が出ていた部屋に行き消火器で消火にあたりますが消えないためその場から立ち去りました。 フロントは119番通報をする前に社長に電話していました。社長は宿泊客の避難誘導の指示はしないで高級家具を守る指示を出しました。 119番通報の遅れにより初期消火に失敗し、火災はあっという間に延焼してホテルの9,10階が焼ける結果になっていました。

ホテルニュージャパン火災はホテルの設備や従業員の対応が問題に

作動するはずだった火災報知機・煙感知器が機能せず、また煙を感知して自動的に扉を閉める防火扉も機能しませんでした。 また、火災発生の宿泊者への避難誘導などもありませんでした。ここからホテルの設備や従業員の対応の真実に迫ります。

スプリンクラーは設置されておらず

火災時に大量の水が噴射して火を消す設備「スプリンクラー」は設置されていませんでした。ホテルの開業当時の消防法では「スプリンクラー」の設置をしていなくても営業をすることはできていたのです。 しかし、大火災をきっかけにスプリンクラーと防火扉設置などを義務付ける消防法の改正により、東京消防署はホテルニュージャパンにスプリンクラー設置をするように指導していました。 ホテルニュージャパン指導を受けても経費の問題があるなどの理由をあげて設置していませんでした。

火災報知器や館内放送も故障していた

スプリンクラー設備には配管が設置されておらず、そのため水は出ませんでした。 また、故障している火災報知器・煙感知器・館内放送設備なども修理せずにそのまま放置していました。 さらに、部屋、ロビー、レストランなどの館内の湿度を調整する設備も電気代がかかるといった理由で稼働させていませんでした。

館内設備が燃えやすい材質であった

ホテルは消防法の改正により消防設備(スプリンクラー・防火扉)の設置と不燃材適用の指導を受けていました。 しかし、火事や地震などの災害対策にあてる予算は削減されていました。 このため、予算が認めてもらえないことから火災報知器・煙感知器・館内放送設備などが故障のまま修理せずに放置されていたのです。

防火扉が機能していなかった

煙を検知して自動で扉が閉じる防火扉は、煙が他の場所に広がることを防ぎ火災の延焼などを防止するために大事な設備です。 ホテルニュージャパンには防火扉は設置されていました。しかし、扉が降りる場所に荷物が置かれていたため防火扉は機能しませんでした。 スプリンクラーの未設置と防火扉が機能しなかったことで火が他の場所に燃え移って火災を大きくしたといえます。

元々高級マンションだったため館内の構造が複雑だった

ホテルニュージャパンは高級マンションとして建築されていました。 そのため館内の構造は複雑でした。建物に入ると通路が三つの方向に分かれていました。分かれた先もさらに二つの通路に分かれるといった複雑な構造でした。 当初は高級マンションを建設予定でしたが突然高級ホテルへ変更されたため、このような構造になっていました。

ホテルニュージャパン火災の被害者

「ホテルニュージャパン火災」の被害はどうだったのでしょうか。またホテルのずさんな防火設備や対応の中で、被害者達はどのような行動をとったのでしょうか。 「ホテルニュージャパン火災」の被害者の人数や発見された場所などを詳しく解説します。

33名が死亡し34名が負傷した

ホテルニュージャパン火災では台湾人・日本人・韓国人・アメリカ人・イギリス人の33名が死亡し、負傷者1名を出す結果となっていました。 火災を受けた東京消防庁はポンプ車48台、はしご車12台、救急車22台など123台の消防車両を出勤させていました。 さらに2機のヘリコプターも出勤させるなど消防に携わった人は649名が9時間ほど消火にあたっていたことが判明しています。

ホテルから飛び降り死亡した人々もいた

「ホテルニュージャパン火災」では飛び降りによる死亡者を13名出していました。煙に耐え兼ねなくなり、窓から飛び降りたのです。 一方で燃え落ちてしまった9階と10階に宿泊していながら助かった人もいました。 韓国人3名はシーツをつないだロープにつかまって下の階に降りて助かったと消火にあたっていた隊員が話しています。

ホテルニュージャパン火災の社長横井英樹に非難が殺到

「ホテルニュージャパン火災」では、スプリンクラー設備が未設置のまま放置されていました。火災報知機・煙感知器・館内放送設備の故障も放置され、防火扉の不備、従業員への避難誘導の教育が未実施だったことが判明しました。それらが火災を大きくしました。 ホテルニュージャパンの社長横井英樹には驚かされた言動が多くありました。火災発生時に人命より高級家具を優先したことです。 火災の原因を宿泊客に全て丸投げした発言や燃えたのが9階と10階だけよかったといった発言もありました。ことの重大さを感じていないと思われる緊張感のない発言でした。

ホテルニュージャパン火災の裁判で横井英樹に有罪判決

横井英樹には禁錮3年の有罪判決が下されていました。 判決理由としては、機能しないスプリンクラー設備の設置や故障した火災報知機・煙感知器・館内放送設備の放置、従業員への避難誘導の教育をしないまま、営業していたことがあげられました。 このよう理由から業務上過失致死傷罪が適用されたのです。

ホテルニュージャパンのその後

火災を起こしてしまったホテルニュージャパンはどのようになっていったのでしょうか。ホテルニュージャパンに与えられた処分とはどんなものだったのでしょうか。

ホテルニュージャパンは火災後廃業

ホテルニュージャパンは火災を起こした2日後に東京都から消防法違反と業務上過失致死傷で営業停止の処分を受けました。 処分を受けて営業できなくなったホテルニュージャパンは横井の借金の担保となっていたため千代田生命保険が没収していました。 千代田生命保険没収したホテルニュージャパンの売却を試みますが、投資する人は見つかりませんでした。

ホテルニュージャパンの跡地は10年以上放置された

ホテルニュージャパンに投資する人が現れないことから千代田生命が保有することを決断しました。 その後、千代田生命の再開発事業が構想されます。 火災から10年を過ぎた1996年に再開発のため当時敷地をに残っていた建物を解体することになりました。

ホテルニュージャパンの跡地にはプルデンシャルタワーが建設された

更地となった場所に再開発事業のため建物が立つ予定でした。 しかし2000年に千代田生命が破綻してしまい、敷地は外資系プルデンシャル生命に売却されました。 2002年には地上38階・地下3階建ての会社のテナントと高級賃貸マンションの施設を備えたプルデンシャルタワーが建設されたのです。

ホテルニュージャパン火災に類似の火災事故

ホテルニュージャパン火災に類似の火災事故としては「川治プリンスホテル・雅苑」の火災事故があります。火災は1980年11月に栃木県・川治温泉地で起きました。 露天風呂の解体工事で使用していたガスバーナーが原因で火災が起き、宿泊していた客とホテル従業員など45名が死亡し、22人の重軽傷者を出しました。 このホテルもホテルニュージャパンと同じように消防用設備の不備が指摘されていましたが改善されていませんでした。

衝撃を与えた火災事故

多くの死者を出した「ホテルニュージャパン火災」は煙を発見した時に119番通報など素早い対応をしていれば防げた火災だったといえます。 スプリンクラーの未設置、火災報知機・館内放送設備・煙感知器の故障、従業員への避難誘導教育の未実施などずさんな経営ぶりが明らかになったことで社会に衝撃を与えた火災でした。この火災を教訓にしたいものです。

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