\ 琉球風水志 シウマの占いページはこちら /

羽田沖に墜落した日本航空350便墜落事故の全貌。片桐機長の操縦が墜落の原因か?

もくじ

1分でわかる日本航空350便墜落事故

  • 1982年に羽田沖に墜落した日航機墜落事故
  • 事故の引き金となった精神障害の誤診
  • 片桐機長の奇行を放置した日航の責任

日本航空350便墜落事故の概要

1982年2月9日、福岡空港から羽田空港に向かっていた日本航空350便は、羽田空港上空で着陸許可を受け着陸準備に入りました。 ところが、機体は東京湾へ急降下を始めます。海面で大破し、死者24人、149人が重軽傷を負いました。 事故の原因は機長の精神疾患による操縦ミスでした。日本航空は機長の精神疾患をを知りながら乗務させていたとして、その責任を激しく追及されることになります。

1982年に日本航空機が東京湾・羽田沖に墜落した事故

1982年2月9日、福岡空港から羽田空港に向かっていた日本航空機350便は、羽田空港上空着陸許可を受け、高度500メートル、速度240 キロで通常通りの着陸態勢に入りました。 ところが、航空機は滑走路の手前で逆噴射し急降下を始めます。操縦室では「機長、やめて下さい!」と言う叫び声が響きます。 しかし、機長は操縦桿を前に倒したまま離さず、機体は東京湾の羽田沖の海面に突っ込んでいきました。

死者24名・負傷者149名を出す飛行機事故となった

海面に衝突した機体は、機首部分と胴体にあたる部分の2つに分断しましたが、墜落場所が浅瀬であったため水没は免れました。 同機には乗客166人と乗務員が8名搭乗していましたが、この墜落によって24人が死亡、149人が重軽傷を負うという大惨事となりました。 この事故で犠牲になった人の多くが、墜落の衝撃によるものではなく、機体が前のめりに墜落したことにより、座席などに挟まれた水死が多数だったと言われています。 また事故当日はホテルニュージャパン火災の翌日だったことから特殊救難隊や水難救助隊が消防艇を出し救助活動を行いました。

事故の原因は機長の操縦によるものとされている

日本航空の当時の社長であった高木養根氏は、記者会見で事故の原因は片桐機長の操縦ミスであると正式に発表しました。 それによると、片桐機長が自動操縦から手動操縦に切り替え、全てのエンジン出力を最低まで落としたことや機体の速度を落とす「逆噴射」を使い、上空で急減速させたことが原因であると断言しました。 片桐機長が上空で操縦桿を押し込みながら逆噴射させため、機体は機首から海面に突っ込んだのですが、何故、片桐機長はこんな信じ難い操縦をしてしまったのでしょうか。

機長・片桐清二

片桐機長は事故の6年程前から精神疾患の症状が現れており、「幻聴」「被害妄想」「異常行動」あったとされています。 機長は何かに怯えるようになったり、「誰かに盗聴されている」と言って自宅に警察を呼んだり、急に操縦室で笑い出すなどの奇行を繰り返し、精神科にも通院していました。 周囲の人は、彼に精神の異常があることを知っていました。そして事故の前から操縦が問題なく行えるのか、不安を感じていました。

事故の6年前より精神疾患があった

片桐機長は事故の6年前から診察を受けていました。研修医が診断しても明らかに「統合失調症」の症状であるのに、日航乗務員健康管理室の精神科医は、ストレスによる心身症であると診断しました。 1980年11月に片桐機長は心身症として1か月の休暇を与えられています。妻も彼の奇行について精神科医に相談していましたが、主治医は心身症のまま治療を続けていました。 その間、片桐機長は聖マリアンナ医科大学や会社の内科や精神科で治療を受けていましたが、そのまま会社は放置し搭乗を続けさせました。

事故前日のフライトでも問題はあった

片桐機長は事故の前日のフライトでも、異常な行動を見せていました。離陸する際に通常は管制塔からの許可を待つのですが、許可がおりていると言ってパワーレバーを操作しようとしました。 慌てて副操縦士と航空機関士に制止され難を逃れますが、その後も離陸して間もなく対気速度250ノット、バンク角25度の右旋回上昇を行うところを、70度近くに達するまでバンクさせるという危険な操縦をしていました。

日本航空350便墜落事故の影響とその後

事故の直接の原因は、片桐機長の精神疾患でしたが、日本航空側の人事管理の責任も問われました。片桐機長は、以前から異常行動を起こしていることを周囲は気が付いていたからです。 しかし、その報告を受けながら放置したことが、事故の引き金になったことは明らかでした。日本航空では航空医学センターを設立し、乗務員に対して徹底した検査を行うよう改善を進めました。

機長・片桐清二への刑事責任

片桐機長は業務上過失致死罪で逮捕されましたが、精神鑑定の結果により事故の当日は心神喪失の状態にあったとされ不起訴処分になっています。 その後は凶悪事件や大事故を起こしながら、不起訴になった精神患者専門の受け入れ施設といわれる松沢病院に入院。数年後に日本航空を解雇されています。 現在は葉山に住み、自動車の免許も取り直して買い物に出かけるなど、通常に暮らしていると伝えられています。

飛行機機体の逆噴射装置

片桐機長が空中で使用した、逆噴射装置の本来の使い方は旅客機が着陸の際に使うブレーキです。旅客機が滑走路に降りたときに、ジェットエンジンを逆方向(前方)に噴射させることで、機体を急激に減速させるのです。 旅客機は時速200キロ∼250キロのスピードで着陸しますから、滑走路の末端までのあいだに止めるためには、強力なブレーキが必要になります。逆噴射装置は、旅客機がもつ最も強力なブレーキなのです。

悲劇を繰り返さないために

この事故で死亡した乗客の遺族たちには、日本航空から補償金が支払われました。しかし、精神疾患を患った機長を放置し、乗務させていた日本航空の責任は極めて重いと言えるでしょう。 この様な痛ましい事故などを契機に、精神障害に対する認知も進んで来ました。しかし、職場内でどのように対処していくかは、これからの社会的な課題と言えるでしょう

よかったらシェアしてね!

この記事を書いた人

もくじ
閉じる