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アジア通貨危機はヘッジファンドにより起きた通貨危機。韓国や日本への影響を解説【わかりやすい】

もくじ

1分でわかるアジア通貨危機

アジア通貨危機とは

  • 1997年に起こったアジア諸国の通貨下落に伴う経済危機
  • ヘッジファンドによるタイのバーツ空売りが引き金を引く
  • IMFによる支援・管理が実施され、その後の中国経済台頭への流れを生んだ

「アジア通貨危機」とは1997年7月に起こったタイのバーツ暴落に伴う経済危機がアジア全体に波及した一連の通貨・経済危機をさします。 アジア諸国の多くは経済立て直しのためにIMF(国際通貨基金)の支援を受け、経済運営をIMFの管理下に置かれる国も出ました。「アジア通貨危機」を期に、さほどの影響を受けなかった中国が新たな成長センターとして、世界の注目を集めるようになりました。 今回はこのアジア通貨危機を詳しく見て行きましょう。

アジア通貨危機の経緯と原因

(画像:Unsplash

「アジア通貨危機」はアジア諸国だけでなく世界全体にも大きな影響を与え、その後の各国の通貨管理体制も変えた経済的な大事件でした。 それまで堅調だった東・東南アジア諸国は何故このような危機に陥ってしまったのでしょうか。ここでは「アジア通貨危機」が進行した経緯とともに、その原因を探っていきます。

アジア諸国はアメリカドルとの固定為替相場制を取っていた

「アジア通貨危機」が発生した当時、日本・台湾・フィリピンを除く多くのアジア諸国はアメリカドルとの固定為替相場制を採用していました。 通常為替レートは自国の経済状況などに応じて変動させることによって、経済の実態と通貨価値のバランスを維持しています。 ところが発展途上国においては脆弱な経済基盤から自国通貨の価値が乱高下しやすい傾向があり、主要な貿易取引国との安定的な為替レートを維持するため、特定の通貨との固定為替相場制を採用することがあります。多くのアジア諸国はアメリカドルとの為替固定を選択したのです。

ヘッジファンドの空売りによりアジア諸国の通貨が暴落

「アジア通貨危機」の引き金を引いたのはヘッジファンドによるタイのバーツ空売りでした。これがアジア諸国に連鎖的に波及していったのです。 1990年代タイの経済は輸出が好調で、海外からの資本投資も豊富で非常に順調でした。経済成長は年率9%を達成していたのです。しかしながら1990年代後半に入ると経済は減速し、貿易収支も赤字に転落しました。 このためタイにおいては経済の実態とドルに固定化されたバーツのバランスが大きく崩れてしまいました。ヘッジファンドはそこに目をつけ、タイのバーツ空売り攻勢をかけて大きな差益を得ようとしたのです。

ジョージ・ソロス

「ジョージ・ソロス」は1930年ハンガリー生まれのユダヤ人で、「ヘッジファンドの帝王」というあだ名を持つ投資家です。彼が設立した伝説のヘッジファンドである「クォンタム・ファンド」は1973年からの10年間で何と4,200%のリターンを生み出したとされています。 ソロスは1990年代初めにイギリスポンドの空売りによって「ポンド危機」を誘発し、「ロンドン銀行を潰した男」の異名を持つことになりました。彼自身は否定していますが、バーツの空売りも彼が仕掛けたとされています。 通貨の空売りは信用取引で行われ、通貨を高く売って安く買い戻して利ざやを稼ぐ手法です。信用取引ですから手元に多額の資金を持たなくても市場から一時的に借り受けることで大きな取引が可能になります。

アジア諸国は変動為替相場制に移行し、通貨価値が暴落した

ヘッジファンドは多くのアジア諸国はタイと同様経済状況と通貨価値のバランスが崩れていることに目をつけました。 やがてヘッジファンドによって各国通貨の空売りが仕掛けられました。自国通貨の空売りを仕掛けられた各国は通貨を守るため賢明に買い支えますが、やがて力尽き変動相場制に移行せざるを得なくなりました。 変動相場制に移行したアジア各国の通貨は急激に下落し、金融危機に波及していきました。これに伴い各国の経済状況は一気に悪化し、各国はマイナス成長に陥ったのです。

アジア通貨危機に陥ったアジア諸国でIMFの救済を受けた国々

(画像:Unsplash

韓国・タイ・インドネシアは「アジア通貨危機」で最も大きい被害を受け、これらの国は経済は事実上IMFの管理下に置かれることになりました。 債務履行(デフォルト)や通貨切り下げを防ぐためにIMFからの資金援助を得る代償として、IMFによる自国金融・経済政策への介入を認めさせられたのです。

韓国

当時韓国経済の基盤はさほど悪くありませんでしたが、金融面では不良債権処理が遅れていました。 過剰な借金体質が影響して三美グループが倒産するなど韓国経済がキナ臭くなってきたため、国家信用格付け機関のムーディーズが韓国の格付けをA1からA3に落としたことが切っ掛けとなり、外貨の引き上げが始まり韓国中央銀行の外貨準備が危機に瀕しました。 韓国はIMFに救済支援を要請しました。IMFは世界銀行やアジア開発銀行と連携して支援に乗り出しましたが、引き換えに韓国に対して緊縮財政を求めました。韓国経済は一時デフォルト寸前まで追い込まれましたが、IMFによる財閥解体などの大なたや新政権による規制緩和などでようやく息を吹き返しました。

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1分でわかるアジア通貨危機

  • 1997年に起こったアジア諸国の通貨下落に伴う経済危機
  • ヘッジファンドによるタイのバーツ空売りが引き金を引く
  • IMFによる支援・管理が実施され、その後の中国経済台頭への流れを生んだ

「アジア通貨危機」とは1997年7月に起こったタイのバーツ暴落に伴う経済危機がアジア全体に波及した一連の通貨・経済危機をさします。 アジア諸国の多くは経済立て直しのためにIMF(国際通貨基金)の支援を受け、経済運営をIMFの管理下に置かれる国も出ました。「アジア通貨危機」を期に、さほどの影響を受けなかった中国が新たな成長センターとして、世界の注目を集めるようになりました。 今回はこのアジア通貨危機を詳しく見て行きましょう。

アジア通貨危機の経緯と原因

「アジア通貨危機」はアジア諸国だけでなく世界全体にも大きな影響を与え、その後の各国の通貨管理体制も変えた経済的な大事件でした。 それまで堅調だった東・東南アジア諸国は何故このような危機に陥ってしまったのでしょうか。ここでは「アジア通貨危機」が進行した経緯とともに、その原因を探っていきます。

アジア諸国はアメリカドルとの固定為替相場制を取っていた

「アジア通貨危機」が発生した当時、日本・台湾・フィリピンを除く多くのアジア諸国はアメリカドルとの固定為替相場制を採用していました。 通常為替レートは自国の経済状況などに応じて変動させることによって、経済の実態と通貨価値のバランスを維持しています。 ところが発展途上国においては脆弱な経済基盤から自国通貨の価値が乱高下しやすい傾向があり、主要な貿易取引国との安定的な為替レートを維持するため、特定の通貨との固定為替相場制を採用することがあります。多くのアジア諸国はアメリカドルとの為替固定を選択したのです。

ヘッジファンドの空売りによりアジア諸国の通貨が暴落

「アジア通貨危機」の引き金を引いたのはヘッジファンドによるタイのバーツ空売りでした。これがアジア諸国に連鎖的に波及していったのです。 1990年代タイの経済は輸出が好調で、海外からの資本投資も豊富で非常に順調でした。経済成長は年率9%を達成していたのです。しかしながら1990年代後半に入ると経済は減速し、貿易収支も赤字に転落しました。 このためタイにおいては経済の実態とドルに固定化されたバーツのバランスが大きく崩れてしまいました。ヘッジファンドはそこに目をつけ、タイのバーツ空売り攻勢をかけて大きな差益を得ようとしたのです。

ジョージ・ソロス

「ジョージ・ソロス」は1930年ハンガリー生まれのユダヤ人で、「ヘッジファンドの帝王」というあだ名を持つ投資家です。彼が設立した伝説のヘッジファンドである「クォンタム・ファンド」は1973年からの10年間で何と4,200%のリターンを生み出したとされています。 ソロスは1990年代初めにイギリスポンドの空売りによって「ポンド危機」を誘発し、「ロンドン銀行を潰した男」の異名を持つことになりました。彼自身は否定していますが、バーツの空売りも彼が仕掛けたとされています。 通貨の空売りは信用取引で行われ、通貨を高く売って安く買い戻して利ざやを稼ぐ手法です。信用取引ですから手元に多額の資金を持たなくても市場から一時的に借り受けることで大きな取引が可能になります。

アジア諸国は変動為替相場制に移行し、通貨価値が暴落した

ヘッジファンドは多くのアジア諸国はタイと同様経済状況と通貨価値のバランスが崩れていることに目をつけました。 やがてヘッジファンドによって各国通貨の空売りが仕掛けられました。自国通貨の空売りを仕掛けられた各国は通貨を守るため賢明に買い支えますが、やがて力尽き変動相場制に移行せざるを得なくなりました。 変動相場制に移行したアジア各国の通貨は急激に下落し、金融危機に波及していきました。これに伴い各国の経済状況は一気に悪化し、各国はマイナス成長に陥ったのです。

アジア通貨危機に陥ったアジア諸国でIMFの救済を受けた国々

韓国・タイ・インドネシアは「アジア通貨危機」で最も大きい被害を受け、これらの国は経済は事実上IMFの管理下に置かれることになりました。 債務履行(デフォルト)や通貨切り下げを防ぐためにIMFからの資金援助を得る代償として、IMFによる自国金融・経済政策への介入を認めさせられたのです。

韓国

当時韓国経済の基盤はさほど悪くありませんでしたが、金融面では不良債権処理が遅れていました。 過剰な借金体質が影響して三美グループが倒産するなど韓国経済がキナ臭くなってきたため、国家信用格付け機関のムーディーズが韓国の格付けをA1からA3に落としたことが切っ掛けとなり、外貨の引き上げが始まり韓国中央銀行の外貨準備が危機に瀕しました。 韓国はIMFに救済支援を要請しました。IMFは世界銀行やアジア開発銀行と連携して支援に乗り出しましたが、引き換えに韓国に対して緊縮財政を求めました。韓国経済は一時デフォルト寸前まで追い込まれましたが、IMFによる財閥解体などの大なたや新政権による規制緩和などでようやく息を吹き返しました。

タイ

ヘッジファンドの執拗なバーツ空売り攻勢に耐えきれずタイのバーツは変動為替相場制に移行します。信用を失ったバーツは下げ続け、バーツの価値は危機以前の半分以下に落ち込みました。 株価の下落も止まらず、タイはIMFに支援を要請しました。IMFは支援と引き換えに政府支出の削減などの緊縮経済を要求し、これがタイ経済を一層冷え込ませることになってしまいました。 企業の倒産が相次ぎ、街は失業者であふれかえりました。

インドネシア

当時インドネシア経済は好調でした。金融は安定しており、外貨準備も十分だったのです。 ところがインドネシアの通貨局による為替政策が失敗し、一気にインドネシアのルピアは危機に陥ってしまいます。ヘッジファンドによるルピアの空売り不安などからルピアは値を下げ続け、ムーディーズの格付けも下がりました。 インドネシアもIMFに支援を求めますが、通貨危機がインフレを誘発しインドネシアでは社会不安が増大して暴動も発生します。このため当時のスハルト大統領は辞任に追い込まれまてしまいました。

アジア通貨危機に陥ったその他のアジア諸国

「アジア通貨危機」では韓国、タイ、インドネシアが大きな被害を受けましたが、その他のアジアの国々にも少なからず影響を与えることになりました。 ここでは中国やマレーシアなどの国々で何が起きたのか、個別に見ていきましょう。

中国(香港を含む)

中国に関しては必ずしも当時の十分な情報が開示されていませんが、「アジア通貨危機」に際してアジアの他の国々のような大きな影響は受けなかったようです。 最大の要因は中国当局による強い規制です。資本移動や為替取引が規制されていたので、劇的な変化が起こりようがなかったのです。中国政府は膨大な財政出動によって内需拡大策をとり、成長を維持することに努めました。 香港ドルもアメリカドルに固定されていたため打撃を受けましたが、影響は小さくてすみました。香港は独自の為替ルールをもうけており、ヘッジファンドが売却した香港ドルが直ぐアメリカドルに交換されたため、ヘッジファンドは市中で香港ドルを買い戻すことが難しく、空売りを継続できませんでした。

マレーシア

マレーシアもヘッジファンドによるリンギットの空売り攻勢にあいました。このためそれまでの事実上の固定為替相場制を変動為替相場制に移行せざるを得ませんでした。 リンギットは半分程度に値を下げ国債格付けも下がりました。株式市場も過去最大の落ち込みとなりました。 マレーシアはIMFの支援を受けず、独自の土木建設事業などによる内需振興政策によって危機を乗り越えようとしましたが、経済の落ち込みは続きました。

フィリピン

ヘッジファンドによるバーツの空売りでタイが危機に瀕するのを見たフィリピンは対策を講じます。 まず公定歩合を引き上げて金融の引き締めを行いました。さらにバーツが変動為替相場制に移行するのを知ったフィリピンは自国通貨のペソを守るため、金利の引き上げを行いました。 フィリピンも「アジア通貨危機」の打撃を少なからず受けましたが、輸出が堅調だったことや国内金融システムが健全に機能したことなどから、その影響は比較的軽微だったとされています。

ベトナム

ベトナムは「アジア通貨危機」で大きな打撃を受けることなく成長を続けてきました。 最大の理由はベトナムは「東南アジアのミニ中国」といわれるように、中国と同様一党独裁体制のもとに経済運営を進めてきたからです。 資本移動や為替取引に一定の規制がかかっていましたので、海外の大波から守られていたのです。

ミャンマー

ミャンマーももちろん「アジア通貨危機」による打撃を受けた国の一つです。危機によって自国通貨であるチャットは大きく値を下げました。 しかしながらミャンマーの通貨危機は「アジア通貨危機」が起こったときには既に慢性化していました。チャットは「アジア通貨危機」以前から値を下げていたのです。 ミャンマーの通貨危機の原因はタイのような実態経済と通貨のアンバランスというバブル崩壊のようなものではなく、軍政下における慢性的な政治的・経済的不安定でした。

アジア通貨危機の日本への影響

「アジア通貨危機」によって日本が経済恐慌のような打撃を受けることはありませんでした。東南アジア諸国と比較して実態経済や金融システムがしっかりしており、欧米のヘッジファンドにつけ込まれる余地が小さかったためです。 しかしながら日本は東南アジア諸国に工業製品を輸出して稼いでいましたので、それらの国の経済が減速すれば当然それなりの影響を受けました。 当時日本はバブル崩壊からの経済回復途上にあり、消費税が5%に引き上げられた時期とも重なりました。日本はその後「失われた20年」といわれれるデフレ経済に陥っていきますが、「アジア通貨危機」はその遠因だったと指摘する声もあります。

アジア通貨危機に対して行われた対処

IMFを中心とする「アジア通貨危機」への支援は最も被害が大きかった韓国・タイ・インドネシアを中心に実施されました。 韓国・タイ・インドネシアにはそれぞれIMFから210億ドル、101億ドル、39億ドルの資金が提供されました。また、世界銀行や日本を始め各国政府によってIMFによる資金供給以上の支援枠も設定されました。 ただIMFはこれらの支援の条件として、各国に緊縮経済政策や金融引き締め政策の実施を求めました。これらの経済引き締め政策が結局は各国の経済成長の足かせになったのではないかとの批判もあります。

アジア通貨危機を踏まえた各国の対策

「アジア通貨危機」は東南アジア諸国を中心に大きな打撃を与え、インドネシアやタイでは時の政権を揺るがすことにもつながりました。 「アジア通貨危機」の原因は過度な海外資金の流入と自国通貨管理体制・金融システムの未成熟とされています。 このため「アジア通貨危機」以後各国は必要な金融を自国の貯蓄でまかなう傾向を強めており、「アジア通貨危機」の直接的な要因であった一時的な資金需要の枯渇に対処するためアジア諸国間協力の枠組みについても検討が進められています。

まとめ

「アジア通貨危機」は東・東南アジア諸国に深刻な経済的打撃を与えましたが、これを期に各国の通管理体制や金融ステムの見直しが行われ、結果的に各国の経済基盤を安定化することにもつながりました。 「アジア通貨危機」を期に新たな経済成長センターとなった中国も現在アメリカとの間で深刻な貿易摩擦を起こしており、今後の世界経済の動きに目が離せません。

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