もくじ
1分でわかるシーランド公国
1分でわかるニュースの要点
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シーランド公国はイギリス南東の海にある自称最小の国
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1967年に独立を宣言したが承認されていない
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イギリスとの領有問題やクーデターが起きたことも
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シーランド公国とは
シーランド公国はイギリス近海にあるミクロネーション(未承認の自称国家)です。独立宣言から50年の歴史がありますが、領土は200平方メートルほどの海上要塞のみです。 誰がいつ、このような国家を創設したのでしょうか。
海上の要塞を占拠
シーランド公国の元になった海上要塞は、第二次大戦中の1942年にイギリスを防衛するため、グレートブリテン島の南東10kmの地点に作られました。本来はラフス砦、ラフスタワーという名前でした。 海上要塞は戦争終了後に放置されていましたが、海賊放送を運営していた元イギリス陸軍少佐パディ・ロイ・ベーツが1967年9月2日に、息子マイケルとともに不法占拠しました。
パディ・ロイ・ベーツにより建国
パディ・ロイ・ベーツは海上要塞タフスタワーを不法占拠した後、要塞がイギリスの領海ギリギリ外にあったことを利用して、勝手にシーランドと名づけた上で独立を宣言しました。 そしてパディ・ロイ・ベーツは自らシーランドの公やロイ・ベーツ公などと名乗り、息子をマイケル公太子としました。