1分でわかるプチエンジェル事件
プチエンジェル事件の深すぎる闇の正体
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少女たちの誘拐・監禁と犯人吉里弘太朗の自殺
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幼女売春デートクラブ『プチエンジェル』
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闇のリストとジャーナリストの不審死
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プチエンジェル事件の概要
(画像:Unsplash)
犯人の吉里弘太朗は、売春目的で少女4人を誘拐・監禁します。しかし、少女の1人が脱走したことで事件が明るみになりました。 事件発覚の当初は、少女たちの監禁と犯人の吉里弘太朗の不審な自殺に注目が集まった事件でしたが、政財界人の顧客リストが見つかると、事件は急展開していきます。 まずは事件の概要を解説します。
2003年に起きた誘拐・監禁事件
この事件は、2003年7月13日に起きた幼女誘拐・監禁事件です。犯人は渋谷を拠点に少女を勧誘して集めた少女に、デートクラブと称した売春クラブで働かせていました。 新宿や渋谷には家出少女が多くたむろしている場所であり、少女を集めるにはもってこいでした。被害者となる少女もよく渋谷あたりで遊んでいたようです。 7月の上旬のことでした。そんな少女に1人の男が声を掛けてきたのです。
犯人・吉里弘太郎
犯人の名前は吉里弘太朗です。幼少の頃は裕福な家庭で育ったようですが、後に進学した東京芸術大学では、複数の女性と付き合いヒモのような生活を送っていたそうです。 大学を卒業し、2年程ホストのアルバイトを経験した吉里弘太朗は、非合法な人妻デートクラブを始めます。しかし、もともとロリータ癖のあった吉里弘太朗は、自らデートクラブ『プチエンジェル』を開業し、莫大な利益を得るようになっていきます。
少女が渋谷で犯人である吉里弘太郎と接触
翌日の7月13日、少女たちは地元の京王線稲城駅から渋谷に向かいました。同日の10時ごろに渋谷駅に着いた少女たちが約束のモヤイ像前に行くと、そこに犯人の吉里弘太朗が待っていました。 吉里弘太朗は柔和な表情で少女たちに近づき、「部屋の掃除をしてくれたら1万円あげるよ」と持ち掛けます。こうして少女たちは、吉里弘太朗が連れて来たもう1人の男と一緒に、犯行現場となる赤坂のマンションへと向かいます。
赤坂のマンションへ連れ込まれた
少女たちは、タクシー2台に分乗して犯行現場となる赤坂インターナショナルプラザへと向かいました。そして少女たちが部屋に入いると、いままで温厚だった吉里弘太朗の態度が豹変します。 少女たちに向かって「どうしてここに来たか分かるよね」と言って、スタンガンを持って少女たちを脅し、手錠を掛けそのまま部屋に監禁してしまいます。 少女たちには逃走できないように、用意しておいた20リットルのポリタンクなどを取り付け、2人ずつ別々の部屋に監禁しました。
少女が保護された
同月の16日の深夜から17日未明にかけ、犯人の吉里弘太朗が自殺します。監禁されていた少女たちの1人が手錠を外すことに成功し、他の少女たちの手錠を外そうとしました。 しかし、どうしても外すことが出来なかったため、少女だけで監禁されていた脱衣所を出て、裸足のまま部屋を飛び出しマンションに隣接する生花店に逃げ込みました。 少女から事情を聞いた店員は、直ぐに警察に通報します。こうして残っていた少女3人も無事に保護されました。