1分でわかる湖東記念病院人工呼吸器外し殺人事件
1分でわかる事件の要点
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2003年に滋賀県の病院で重病患者が死亡した
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病院関係者の犯行が疑われたが、実は冤罪だった
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容疑者の看護助手は12年服役後、改めて無罪となった
湖東記念病院で起きた人工呼吸器外し殺人事件の概要
2003年5月に発生した事件です。滋賀県の病院で入院中だった当時72歳の男性患者が心肺停止状態で発見され、看護助手だった西山美香さんの犯行が疑われました。西山美香さんは取り調べで虚偽の自白を引き出され、有罪判決となります。
男性患者が病院内で死亡
2003年5月22日午前4時30分頃、滋賀県にある湖東記念病院の72歳男性が心肺停止しているのが見つかりました。 この時に男性を発見したのが、看護師と助手の西山美香さんでした。2人の報告ですぐに救命活動が行われましたが、午前7時31分に男性の死亡が確認されました。 72歳男性は人工呼吸器が必要な重病患者でした。そのため事件は当初、人工呼吸器が外れていたことに気づかなかった看護師の確認不足による、業務上過失致死として捜査されています。
看護助手だった西山美香さんによる犯行と疑われた
捜査を担当した滋賀県警の東近江警察署(当時は愛知川署)は、業務上過失致死容疑で病院側を調査しました。そのまま1年間が経過した時点で、西山美香さんに疑いの目が向き始めます。 発見者の看護師や西山美香さん、その他事件当時病院で勤務していた関係者は、人工呼吸器が取れた際に異常を示すアラームが鳴っていなかったと証言していました。 アラームには消音ボタンがついているため、東近江警察署は発見者のどちらかが人工呼吸器を外し、死亡事故を装ったと考えたようです。取り調べで西山美香さんが自供したことから、西山美香さんの犯行が濃厚となっていきました。
取り調べ刑事に恋をし嘘の自白
西山美香さんは東近江警察署の取り調べで、担当刑事が1度変わっています。変更後の30代の担当刑事は、激しい口調と柔軟な態度を使い分ける人物でした。 西山美香さんは罵声のような厳しい質問攻めをされて、怯えてしまったと言います。直接の暴力こそなかったものの、机を殴る蹴るといった脅しもあったようです。その一方で、アラームがなったと認めると刑事は途端に優しく振る舞ったので、西山美香さんは気に入られようとして虚偽の自白を重ねていきました。 また時には刑事から差し入れをもらうこともあり、西山美香さんは段々と刑事に対して好意を持つようになったそうです。そのことも嘘の自白に繋がりました。
無罪を主張するも有罪となり12年の服役
西山美香さんの弁護士は裁判が始まると、自白は刑事に強要された虚偽であるとして、無罪を訴えました。 一方の検察は西山美香さんの犯行と断定し、病院での待遇に不満を覚えた西山美香さんが、鬱憤晴らしに死亡事故を起こしたと主張したのです。この時に検察の提出した証拠は自白調書が中心で、物的証拠はありませんでした。 大津地裁は自白調書を全面的に採用し、西山美香さんの殺意を認定して懲役12年の判決を下しています。西山美香さんの弁護士は控訴していますが、大阪高裁および最高裁が棄却したことで有罪が確定しました。
人工呼吸器外し殺人事件ではなぜ冤罪が起きたのか
結論から言えば、人工呼吸器外し殺人事件は自白重視の捜査が生んだ冤罪事件です。冤罪が起きた要因はいくつもあります。警察の捜査態勢や旧態依然とした体質、担当刑事の問題、そして当事者の西山美香さんが軽度の障害者だったことです。
取り調べの仕方に問題があった
冤罪事件における自白の強要でしばしば問題となるのが、取り調べにおける「良い警官と悪い警官」と呼ばれる質問方式です。 これは悪い警官が容疑者を心理的に追い詰めた後、良い警官がフォローすることで容疑者の信頼を獲得し、都合の良い自白を引き出すテクニックとなっています。 西山美香さんの担当刑事は、1人でこの質問を行いました。罵声や脅しで追い詰めるのも、優しい言葉や差し入れで容疑者の信頼を得るのも、自白から客観的視点を欠く行為なので問題視されています。
自白のみで事件の犯人に
この事件では死亡事故か殺人事件かを証明する、物的証拠がまったく見つかりませんでした。そこで重要となるのは容疑者の自白ですが、前述したように西山美香さんの自白は誘導や強要されたものなので、本来まったく信頼できません。 しかし検察は自白調書を証拠として裁判に提出しました。事件を西山美香さんの自白のみで仕立て上げたのです。 西山美香さんと弁護士が自白を否定しているにもかかわらず、大津地裁や大阪高裁は自白内容に犯人だけが知る情報が含まれていると認定し、検証を怠りました。この検察や裁判所のやり方も、冤罪の一因と言えるでしょう。
刑事の出世欲
警察も職業の1種なので、出世するためには昇格試験の成績はもちろん、充分な功績を挙げる必要があります。功績とは、事件解決にどれだけ貢献したかと言い換えてもいいでしょう。 裁判の記録などで、西山美香さんの担当刑事が誰だったのか判明しています。この刑事は現在、刑事課長まで昇進しているとのことです。 西山美香さんを逮捕したことがどれだけ影響したかは不明ですが、西山美香さん自身は2020年のインタビューで自分を逮捕したことで出世したと語っています。
西山美香さんに軽度の障害があった
西山美香さんは服役中に受けた検査によって、軽度の知的障害や発達障害を持っていたことが判明します。西山美香さんはこの障害の影響で、他人の言うことに素直に従ってしまう性質があるそうです。 この事実は取り調べのやりとりに大きく関わったはずです。刑事による自白の強要は、一般の人でも耐え難いと言われています。西山美香さんは障害があったことから、一般の人よりさらに誘導されやすかったに違いありません。 また検察は西山美香さんが、アラーム消音の限界時間1分間を頭の中で数えて殺人を隠蔽したと主張していますが、西山美香さんは指を使わなければ多くの数を数えられません。障害の有無が早い段階で判明していれば、冤罪にならなかった可能性があります。
人工呼吸器外し殺人事件の再審
西山美香さんは裁判で懲役12年が確定し、2017年に刑期を終えて出所しています。再審請求は服役中から出されていましたが、2019年に最高裁で認められてようやく再審が始まり、2020年ついに無罪判決が言い渡されました。検察側は再審で争わず、判決後に上訴を断念したことから無罪が確定しました。
検察側は再審で争う姿勢を見せず
2017年12月、西山美香さんの再審請求に対して、大阪高裁は自然死の可能性が高いとして再審を決定しました。検察はこの時点では再審を不服としていましたが、最高裁でも再審が決定されると態度を一変させます。 2019年10月、検察は証拠の提出で事件を改めて立証しない、再審で争わないことを発表しました。これは事実上、検察側が白旗を揚げたことに等しいです。 再審が決定された背景には、男性患者の死亡原因が人工呼吸器を人為的に外された殺人ではなく、呼吸器内部の目詰まりの可能性が高いと判明してきた事情があります。これは滋賀県警が意図的に隠していた証拠で、再審で争えば当時の検察のずさんな調査が浮き彫りとなるため、対決姿勢を避けたものと見られています。
西山美香さんの無罪が確定
2020年3月31日、再審の行われた大津地裁で、西山美香さんに無罪判決が下りました。 再審請求は服役中の2010年から行われていたものの、ようやく認められたのは出所後の2017年になってからです。大阪高裁並びに最高裁が再審を決定したことから、再審は2019年10月に始まりました。 大阪地裁で無罪判決が出た後、検察は4月2日付けで上訴権を放棄しています。これにより再審が高裁に持ち越されることはなくなったので、西山美香さんの無罪が確定しました。
なくならない冤罪事件
冤罪は捜査技術の未発達だった古い時代に多発しましたが、法整備や科学捜査の発達した現代でも完全にはなくなっていません。そこには警察や検察の体質、法的な問題が潜んでいるとしばしば指摘されます。果たして社会から冤罪をなくすことはできるのでしょうか。
謝罪もせず責任も取らない検察や刑事
冤罪が発覚しても、警察や検察は責任をとりません。なぜなら警察も検察も正義であり、過失を問う法律が存在しないからです。 今でこそ警察の捜査に透明性が叫ばれていますが、刑事司法が制定された当時にそういった概念はありませんでした。当局はあくまで罪をあばく側であり、罪を問われる側ではないのです。 こうした状況が土台となって、警察と検察がある種の殿様商売と化し、冤罪がなくならない原因にもなっています。今現在、こうした古い体質や法的問題を是正すべく、冤罪被害者とその家族らにる冤罪犠牲者の会が、警察と検察の加害責任を問う法整備を目指して活動を始めています。
類似の冤罪事件
人工呼吸器外し殺人事件に類似する冤罪事件としては、2000年に発生した筋弛緩剤点滴事件があります。 事件現場となったクリニックでは、1999年から2000年までの間に、20人もの不審な死亡が起きていました。容疑者はこの不審死が発生し始めた時期に勤務し始めたことから、犯人として逮捕されました。 この事件で唯一の物的証拠とされた筋弛緩剤の鑑定に捏造疑惑があり、冤罪だと言われています。これが事実であれば、人工呼吸器外し殺人事件のケースと非常に似ています。
冤罪の撲滅を切実に願う
冤罪は人の人生を狂わせます。冤罪とは警察や検察が、無実の罪で誤認逮捕やでっち上げ逮捕し、起訴した結果起こります。裁判で冤罪を晴らすには何年もかかりますし、一度有罪判決が下れば再審も難しく、10年単位の時間がかかってしまいます。あるいはその過程で、獄中死してしまう人もいるでしょう。 また冤罪事件の真相が事故ではなく殺人だった場合、人殺しをした真犯人が一般社会で野放しになっていることを意味します。 無実の罪で問われる人をなくすためにも、真犯人をしっかり裁くためにも、冤罪のない社会が実現されることを願ってやみません。