\ 琉球風水志 シウマの占いページはこちら /

飯塚事件の真相とは?犯人・久間三千年が死刑執行も冤罪の可能性。

 

もくじ

1分でわかる飯塚事件

飯塚事件とは

  • 福岡県飯塚市で起こった殺人事件
  • 久間三千年は冤罪を主張するも死刑執行
  • DNA鑑定の方法と結果に問題

飯塚事件の概要

「飯塚事件」とは、1992年に福岡県飯塚市の小学校に通う女児2人が被害者となった殺害事件であり、逮捕された近隣住民の久間三千年は冤罪を訴えますが死刑が確定・執行されました。 久間は2008年に死刑が執行されるまで冤罪を訴え続けましたが、死刑が確定・執行されました。 久間三千年元死刑囚の妻は、逮捕の決め手となったDNA鑑定方法に問題がある上、結果が改ざんされたとして再審請求するも棄却され、現在は特別抗告を行っています。

飯塚事件の被害者は小学生の女児2人

飯塚事件の被害者は飯塚市の同じ小学校に通う当時1年生の女児2人でした。1992年2月10日の朝、登校するため自宅を出た後、行方がわからなくなっていました。 翌11日なって自宅から20km程度離れた甘木市を通っている国道近くにある雑木林で、行方不明となっていた女児2人の遺体が発見されます。 発見したのは11日の午前0時10分頃、この付近を自動車で通りかかった団体職員であり、崖下に2人の遺体らしきものを発見し警察に通報したのがきっかけでした。

1994年9月に久間三千年を犯人として逮捕

警察当局は女児の衣服に付着していた繊維片を証拠として、1994年9月23日に久間三千年を死体遺棄の容疑で、10月15日には殺人等の容疑で逮捕します。 事件発覚当初から警察は久間をマークしており、1992年2月25日には事情聴取を行なったほか、3月20日は重要参考人として任意同行を求め取り調べていました。 その際には本人の毛髪と指紋を任意提出させてDNA鑑定を行なったほかポリグラフ検査を実施していますが、逮捕・起訴に耐え得る有力な証拠にはならないと判断されていたのです。

足利事件

1990年に栃木県足利市で起きた「足利事件」は、「飯塚事件」と同じく幼い女児が殺害遺棄された事件でありDNA鑑定が大きな鍵を握ります。 「飯塚事件」との大きな相違点は日本弁護士連合会が再審まで被告人を支援した点であり、その結果「足利事件」は2007年に冤罪が立証されました。 なお、「足利事件」では、当時のDNA鑑定方法では誤った結果になることが指摘され冤罪を決定づけるポイントとなりましたが、「飯塚事件」でも同じ研究所で同じ方法で鑑定が行われています。

袴田事件

1966年に静岡県清水区で起きた「袴田事件」は一家4人を殺害した上で放火するといった凶悪犯罪であり、被告人には死刑が確定していますが免罪を訴えている事件です。 「飯塚事件」との大きな相違点は、日本弁護士連合会が支援していることと被告人に死刑が執行されていない点になります。 「袴田事件」は2014年に再審を命じる判決が一旦言い渡されましたが2018年に高裁で棄却され、現在は最高裁に特別抗告を行っているところです。

 

冤罪事件が闇に葬られた可能性も

「飯塚事件」は昭和史に残る凶悪事件であり、犠牲となった2人の女児の無念さを考えれば、その犯人には相当の罪が下されるべきです。 久間三千年元死刑囚は無罪を主張してきたにも関わらず、死刑が執行され事実は闇の中ですが、万が一冤罪事件であるなら取り返しのつかない事態であり、今後の再審請求の行方が注目されます。

よかったらシェアしてね!

この記事を書いた人

もくじ
閉じる