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香港デモの行く末は。デモの原因や理由を踏まえ現状をわかりやすく解説。

 

もくじ

1分でわかる香港のデモ活動

香港デモの経緯

  • デモの始まりは殺人事件から・逃亡犯条例とは何か
  • やがて反政府デモへと広がる
  • 2名がデモの犠牲に・終わりの見えないデモの行く末は

2019年3月から始まった抗議デモ

(画像:Unsplash

2019年3月31日に香港で「逃亡犯条例」の改正反対の大規模なデモ活動が始まりました。逃亡犯条例では中国本土(台湾を含む)と、その他の地域(香港・マカオ)の間では犯罪者の引き渡しが出来ないことになっています。 しかし、条例が改正すると反共産主義者などが犯罪者として逮捕され、中国本土に引き渡たされることになります。一国二制度を揺るがす条例改正とデモの行く末についてみていきましょう。

 

最初の目的は逃亡犯条例の改正について

台湾で殺人を犯し香港に逃げ帰った男は、逃亡犯条例が妨げになり台湾へ引き渡すことが出来ませんでした。逃亡犯条例では中国本土と、その他の地域(香港、マカオ)の間では犯罪人の引き渡しが出来ないと定められているからです。 そこで、香港当局は逃亡犯の引き渡しが出来るように逃亡犯条例を改正しようとしたのですが、反対派の激しい抵抗を受けます。 そもそも香港市民の4割程度の人は、共産主義に反対して内地から逃れてきた人たちか、又はその祖先の人です。その人たちが逃亡犯条例の改正で、内地に引き渡されることを恐れデモ活動を始めたのです。

10月には反政府デモとなっている

2018年2月に逃亡犯条例の改正が発表されると、これをきっかけに2019年3月31日に大規模なデモが実施されます。主催者発表で1,2000人が参加したといわれ、更に4月には13万人といわれる人達がデモに参加しました。 林鄭月娥行政庁長官の中止要請にも関わらずデモの勢いは止まらず、10月の中国の建国記念日(国慶節)を迎えた1日には政府庁舎周辺などで抗議デモが実施され警官隊と衝突します。 暴徒化したデモ隊に警察が拳銃を発射し、これがSNS上などで流れたことで香港当局は世界中から非難される事態となります。

市民が要求する5大要求

(画像:Unsplash

デモは逃亡犯条例の改正を阻止する目的で実施されましたが、市民の今までの不満が爆発し様々な改革を求めるデモへと変わっていきます。 まず1つは当初の目的である逃亡犯条例の改正案の撤廃です。2つ目は普通選挙の実施です。英領時代に行われていた全議席を直接選挙で決定するという基本法を、中国が無視しているため元に戻せというものです。 3つ目は独立調査委員会を設置し、警官隊の取締が適切化を検証しろというものです。4つ目は逮捕されたデモ参加者の釈放、5つ目は今回のデモを暴動認定しないよう求めています。

デモは激化し死亡者を出している

(画像:Unsplash

逃亡犯条例改正の撤廃発表後も5大要求全ての実現を求めてデモは激しさを増していきます。そんな折、11月5日に大学生の男性が死亡します。 この事態を受けデモ参加者と警官隊の衝突は更に激しくなり鎮静化を図りたい香港市民からは、警察による殺害か真相が分かるまで自制心を持つべきだ、という意見も聞かれるようになります。しかし、デモは泥沼化し終わる気配が見えない状況が続きます。

 

最初の死亡者は22歳の学生

死亡していたのは香港技術大学の周梓楽氏(22)でした。デモ隊と警官隊が衝突する現場近くの駐車場で転落死しているところを発見されます。病院に搬送されましたが頭を強く打っていたため、8日朝に死亡が確認されました。 周梓楽氏はデモ活動に参加していたとみられ、抗議活動で他殺された人は初めてといわれています。 周梓楽氏の転落の原因は不明ですが、催涙ガスを避けようとして転落したという説が有力です。更に警官隊が救急隊を妨害したという証言もあり、香港当局の真相解明が待たれています。

70歳の男性も死亡

大学生の死亡した事故から5日後の13日に70才の男性が、デモの混乱中に投げられたレンガを頭部に受けて死亡しました。これでデモ中の死者は2人目となりました。 男性は清掃作業の仕事の合間に、道路に散乱するレンガの片付けを始めようとしたところに、飛んできたレンガの直撃を受けたといわれています。 この様子を捉えた動画はSNSなどを通じて世界中に流れ、デモの激い実態と早期の収束を願う世論が高まっていきます。

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